第2話 ミルクプリンを作ろう
今日は、『牛乳を使ったスイーツを食べたい』という霧里華羅のお願いをきくために、彼女が住んでいる高級マンションを訪れている。
◇◇◇
「蒼下さんは何を作ってくださるの?」
「ふるふる濃厚ミルクプリン♪」
「プリン?」
「うん。牛乳と生クリームを使って作るプリン。あ、そうだ、霧里さんはゼラチン、食べられる人?」
「?」
「ゼラチンって、牛や豚の骨や皮に多く含まれるコラーゲンから作られているんだって」
「コラーゲン? 聞いたことはありますわ。たしか、血管の壁をつくる成分ですわ」
「そーなの? 私はてっきり、美肌にはコラーゲンっていうかと思った。霧里さんって、やっぱり、不思議」
「血管がしなやかであることは大切なことですわ」
「まー、そうだけどね。ママも『しなやか血管で若返るために』なんて本読んでるわ。昨日もおとといも、夕飯は青魚だった」
「青魚を食べると血管が若返りますの? 血も若返りますか?」
「それは、知らない。サラサラになるとは聞いたことあるけど」
「サラサラの血は健康そうですわね。じゅる。あ、いけない、いけない。……それで、そのコラーゲンがどうなさったの?」
「いや、コラーゲンじゃなくてゼラチン。ゼラチンって、ちょっと、牛や豚の骨や皮から作られるから獣臭い匂いがするし、アレルギー反応を起こす人もいるんだって。霧里さんは病気もあるから、大丈夫か心配だったの。だめなら、ちょっと食感が固くなるけど寒天を使おうかな。一応、両方、持ってきたんだ」
「牛や豚なら何も問題ありませんわ」
「なら、よかった。ゼラチンをこっちのお皿でふやかしておくね。冷たいお水にゼラチンをいれて、優しくかき混ぜるっと。こうすれば、だまにならないんだって。ちなみに、霧里さんの苦手な食べ物ってなに?」
「ニンニクの野郎が放つ匂いですわ」
「ニンニク?」
「ぶっ潰したくなるほど……、あ、いえ、もう、ぎったぎったに切り刻んで、ブラックホールに投げ込んでやりたいくらい嫌いですわ!」
「ニンニクの匂いの原因は切ったときに出るアリシンのせいだっていうから、ぎったぎったに切り刻んだら、逆にダメなんじゃない? それよりも、食べる前には牛乳を、食べた後にはりんごジュースを飲むと匂いが気にならなくなるって話だよ?」
「ええ??? 牛乳にそんな効果があるのですか? やはり、牛乳は偉大ですわ。ますます好きになってしまいます。 今度、ニンニクを
「ニンニクが
「そうですの? ……、いい案だと思ったのですが残念ですわ」
「そんなに嫌いなら、ニンニクって食べた後の息にも残るっていうから、私も気をつけようかな」
「蒼下さん! わたくしのためにニンニクを食べないでくださるの? 嬉しすぎます!!」
「ちょ、ちょ、ちょっと近すぎ―! 胸が当たってるー!!」
「うふふ。蒼下さん、顔、まっかですわ」
「もう!」
「初心な蒼下さんって本当に可愛らしいですぅ。食べちゃいたいです」
「そうやって、霧里さんは、男子みたいなことを言って、私をからかうんだから……」
「? わたくしはいつも大まじめですのよ? それとも、蒼下さんは、男の子にそう言われていますの? ……、そんな奴は、死を与えますわ」
「いや、誰にも言われてないし……」
「そうですの? なら、安心しましたわ。わたくし、……ごにょごにょ……、しょ、処女性にはこだわりはありませんが、やっぱり、その、……はじめてが……、ごにょごにょ……、コホン、コホン、それで、このコラーゲンはこれから、どうなさいますの?」
「霧里さん、顔がまっかだよ。どうしたの?」
「どうもしませんわ。それより、はやく作ってくださいませ!」
「う、うん。まず、牛乳とお砂糖をお鍋にいれる」
「牛乳とお砂糖だなんて、妄想しただけでもおいしそうですわ。お味見してもよろしくて?」
「出来上がってからのお楽しみにした方がいいんじゃない? このままじゃ、ただのホットミルクだし。 ……、牛乳がふつふついってきたみたいだから、ゼラチンを入るね。そして、よくかき混ぜるの」
「こちらにも牛乳の美味しそうな香りがしてきましたわ。まるで蒼下さんみたい」
「ん? キリサトサン、私が乳臭い子どもだっていいたいのカナ? 」
「違いますわ。蒼下さんも牛乳もわたくしを魅了してやまないと言いたかったのですわ」
「牛乳と同列っていうのはひっかかるけど……。でも、牛乳の匂いがわかるなんて、霧里さんってほんと鼻がいーい」
「嗅覚は自信がありますの。だから、蒼下さんがどこにいるか探すことくらいはできますのよ?」
「本当にそんなことされたら、…… 怖い……」
「そんなこと言わないでくださいませ。わたくしの嗅覚が鋭いのは生まれつきなので、蒼下さんに否定されてしまったら、悲しくなりますわ」
「ごめん」
「嗅覚が鋭いというのは、いいこともありますが、悪いこともたくさんありますのよ?」
「……、そういえば、さっき、ニンニクの匂いが無理だっていってたっけ」
「ええ。ニンニクはもう、倒れるかと思うくらい鼻を刺激しますの。最近は、カレーやお酢のものにも入れたりする方がいらして、……、もう、大変ですの」
「そっか……。じゃあ、今、ゼラチンの匂いとかもわかるの?」
「ええ。わかりますわ。でも、嫌いではありませんよ? 獣くさいものは平気です。毎日、霧里牛乳を飲んでいますし、牧場にも通っておりますから」
「それなら、よかった。あっ、ゼラチンが溶けたみたい。ゼラチンが溶けたら、粗熱をとるために氷をはったボールにいれるっと」
「つやつやしていて美味しそうな牛乳ですこと。でも、せっかく温めた牛乳を、氷水の中に入れて冷やしてしまうのですか? もったいないですわ。牛乳は温めた方が、甘くていい香りがしますのに」
「ゼラチンを溶かすには50~60℃ぐらいの温度が必要で、逆に固めるには10℃以下の低温に数時間置いておく必要なの」
「血は50~60℃で固まってしまうのに、不思議ですわ」
「だねー。ちなみに、ゼラチンと同じような作用をする寒天やアガーは90℃以上じゃないと溶けない」
「寒天? アガー? それって食べ物ですの?」
「うん。ゼラチンみたいに、固める作用があるよ」
「ゼラチンも、寒天も、アガーも血小板みたいなものですのね」
「? まあ、……、固めるっという点では一緒かな? 比較していいものかどうかわからないけど……。粗熱もとれたようだし、生クリームを加えて、器にいれるわ」
「もう出来上がりですの?」
「まだまだ。器にうつしたら、冷蔵庫で冷やして固めなきゃ。タイマーかけとくね」
「その間、何かすることはございますの?」
「まあ、霧里さんとおしゃべりしようかなと思っていたけど、何かしたいことでもあるの?」
「ええ。蒼下さんのために服を用意したので、それを着てみてほしいのです」
「え?」
「わたくしの下僕………、いえ、わたくしの印……、いえ、わたくしの家で、わたくしのために、牛乳を使ったスイーツを作ってくださるお礼ですわ。ささ、こちらにいらしてくださいませませ」
「材料だって、霧里さんの家のものを使ったりしているんだし、そんなことをしなくてもよかったのに」
「人間というものは、見返りを求めるものでしょう? それとも、宝石とかの方がよろしかったですか?」
「見返りだなんて、私、そんなこと求めてないけど?」
「では、見るだけ見て、それから、どうするか考えていただくというのはどうでしょう?」
「うー」
「見たらきっと着たくなりますわよ。ふふふ。これです!」
「? な、な、なに?」
「ベビードールですわ! これを着て、ぜひ、わたくしに、生命力に溢れた蒼下さんのお姿を見せてくださいませ」
「わ、わ、わ、わ …………、むr-!!!」
◇◇◇
手渡されたのは、スケスケ、フリフリのミルク色のベビードール。
私が真っ赤になって、投げてしまったことは仕方ないことだと思わない?
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