13 - 愛しいって気持ちはまだわからないけれど




 飛び出してきたキーラが僕を守るように抱きしめてくる。おお、久々に抱きしめられたのに今度はすぐ違う人にも抱きしめられているぞ。


「バロンド!シャロンに何かしたら許さないよ」

「私だって!」

「すまない…手遅れだ」

「何をしたの!!シャロン怪我ない!?」

「いや、勢いで、つい抱きしめてしまって…」

「うん、そういう事は言わなくていいと思うよ、ウィゼルド」


 キョトンとしている2人が今度はキャーキャー騒ぎ始めた。


「シャロンだってずっとバロンドの事好きだったもんな」

「隠してはいたんだけれど、やっぱバレていたんだ」

「悩んでいるのね…と思ってそっとはしておいたのよ」

「でも僕の好きはウィゼルド程じゃないからな…愛しい気持ちとかも僕には分からないし」


 とりあえず、部屋に入ろうとキーで開錠すると2人が先に入りウィゼルドは足が止まったまま。


「ウィゼルド?」

「少し、走ってくる」

「え?」

「また後でな!」

「ええ!?」


 トレーニングルームにでも行くのだろう、さっさと行ってしまった。


「バロンドどうした?」

「さあ?まあ後で話すしいいけれど」

「シャロンもいい加減素直になったかぁ」

「え…っと…さあね」


 根掘り葉掘り聞かれるからこの2人は怖いんだよ。

 その日もまたサイレンが鳴り、出て行ったけれどウィゼルドに拒まれたの何故だろうか?まあ違うシャルフと出たけれど。


 仕事が終わり晩ごはんを食べてから帰宅して少しするとウィゼルドが家まで来てくれた。


「どうぞ」

「お邪魔します…」


 椅子を勧めて座らせてから、冷蔵庫に常に作っておいている紅茶があるのでコップに入れてテーブルに置く。


「さっきは何で僕のキーまた取ってくれなかったわけ?」

「いや、あの時はちょっと汗臭いからと思って…シャワーも浴びれない内に出たからな…」

「ねえ、知ってる?好きな人の『におい』ってさ…全部臭いって感じないんだって」

「そうなのか?」

「何もなくても臭いって感じる人とは僕ほんとうにとことん合わないんだよね」

「お、俺は…」

「臭かったら家にも入れないよ」

「よかった…」


 ウィゼルドからテーブルを挟んだ正面の椅子に腰掛ける。


「だから、汗臭いって感じないと思うよ、僕」

「それって…」

「ウィゼルドは嫌いじゃないからね」

「それは好きでもない、じゃないか」

「ふふ…正直今でも迷うんだ、本当に好きかどうか…親友として好きなだけかもしれない」

「どっちでも、俺の気持ちは変わらない…好きだ、シャロン」

「…」


 かなわないなぁ…。

 こんなにまっすぐ目を見て好きなんて誰かに言われる日が来るとは思わなかった。


「僕も好きかも、ウィゼルド」


 ああ、また真っ赤になって…。尻尾生えてたら千切れんばかりに振っていただろうな…本当大型犬みたいだ。


「僕にも愛しいって気持ちが分かるようになるかな?」

「なってくれたら嬉しいが…それは俺であって欲しい」

「欲張りだな」

「こんなに欲しがりだとは自分でも知らなかった…シャロンが嫌じゃなければ、恋人として君に接したいのだが」

「どうしよっかな…」

「嫌か?…嫌なら…その内また…気が向いたらとかでもいいんだが…」


 ああ…耳があったら垂れ下がってそうだな。本当、可愛いな。


「いいよ」

「え!?」

「恋人だよ…。友達すらこの間までいなかったんだけれど、そんな付き合い方とかも知らない僕でよければ、お付き合いしてみようか?」

「嫌になったら…言ってくれればいい…直せることなら直すし…本当に嫌だったらちゃんと別れるし…!俺も恋愛なんてした事がないから、どうしていいか分からないが…」

「ふふっじゃあ一緒に学ばないとね」

「ああ」


 いくらそういうのもに興味のない僕だって多少は知っている事もある。ただ…出来るだろうか…キスなんてものが…と悩んで2秒で止めた。そういうのは流れでそういう雰囲気になってするもんだ…うん。


「今度の休みが合うだろ?その時に銃見に行こうか?」

「いいのか?俺の用事に付き合わせるような…」

「一緒に出掛ける口実なんてそんなものでいいと思うけれど?」

「…デート…といってもいいのだろうか?」

「うーん…いいんじゃないだろうか?」


 多分。


 僕たちが“お付き合い”という物を始めた話をしたら、キーラもナージャも嬉しそうにいじってくるけれど、喜んでくれている。


 それから何ヶ月か経ち、春を迎えた。

 この国は四季折々色々な季節がしっかりある。寒い時は寒い、暑い時は暑い、春や秋は過ごしやすくてとてもいい。


「ねえ、シャロン…そろそろ貴方達ちゃんとした恋人になれたのかしら?」

「えっとね…分からないんだよね、今も…」

「デートはしているわよね」

「まあ行きたい所は一緒に行くし、食事とかも出掛けるかな。僕の負担にならないように配慮してくれるから心地よくはあるよ」

「手を繋いだり、き…キスしたりとかっていうのは…進んでいるのかしら?」

「え?」

「…え?」


 あ、そういえば…無いや。最初キスとか出来るか2秒悩んで止めたくらいだからね。


「バロンド君は我慢をしているのかしら…それともやっぱり奥手で出来ないでいるのかしら…気になるわね…」

「僕がちゃんと好きになるまで待ってるんじゃないの?」

「あら、まだそんな曖昧な事言っているの?」

「だって…僕はそういう感情どっかに捨ててきたからさ」

「バロンド君が可哀想だわ…」


 公園のベンチに腰掛けて綺麗な花を眺めながらそんな話をしていたら飲み物を買ってきてくれたウィゼルドとナージャが戻ってきた。


「ナージャ、聞いてよ…この2人まだ手も握ってないそうよ」

「マジか!!」

「仕事の時は良く引き上げる時に腕は掴むが?」

「多分それ言ったら結構な人とシャロンはやっているわよ」

「む…」

「仕事じゃ必要だもんねー」

「私達は手を繋ぐのなんて付き合う前からよね」

「それは女の子同士はやるだろうよ、友達同士でもやっているんだろう?」

「そうね」


 手を握るって事ですら考えたことなかったなそういえば。恋人…


「そもそも恋人っていうけれど、何をするべきか分からないからあまり今までと変わっていないよ…」

「バロンド君は手を繋ぎたいとかないのかしら?」

「シャロンが嫌がることはしないようにしているからな」

「それは、手を繋いで歩きたいという事かな?」

「シャロンが許してくれるならな」


 あー…これはあれだ…


「ごめん、何かやっぱり僕がストップかけていたみたいだね…そりゃ何もないわけだ」

「シャロンが気付いたのならきっとこれからは何かあるわね」

「そうだね!照れてる2人を想像出来るな!」

「手を繋ぐくらい別に…ね、ウィゼルド」

「あ、ああ…」


 手を出したら握り返してくるもんだと思ったのに何もしてこないので顔を見る。あれ?既に照れてない?この人。


「ウィゼルド?繋がないのかい?」

「嫌じゃないか?」

「僕が手を出してるんだから気にしなくていいんだよ」


 凄い焦れったいくらいにゆっくりと手を握られた。別に何とも…と思ったが、手の温もりをじんわりと感じながら思った…あ、これは確かに照れる。


「こ、こんな事いつもしてるのかい?2人は…」

「ほら、照れた」

「慣れてしまうと、離している方が寂しくなるわね」

「そうだよね」


 そういう2人は手を握り合って幸せそうだ、本当に。


「待って、ウィゼルド…僕はもう限界だ…離して欲しい…」

「もう少し、ダメか?」

「何で!?もう、僕恥ずかしすぎて沸騰してしまいそうだ!」


 ゲラゲラ笑っているナージャの声が聞こえるけれど、握り合っている手を見て嬉しそうにしているウィゼルドを見てなんだか胸の辺りがキュウってした。なにこれ。


「シャロンの方が意外と照れるんだな」

「ええ、バロンド君すぐ赤くなるからそっちの方がと思ったけれど」

「ううう五月蝿いよ、僕だって、こんなはずじゃ…」


 花見をするっていう2人に誘われたから来たけれど、後悔している既に。


「慣れれば離してしまった方が寂しくなるそうだぞ、シャロン」

「そ、そうはならない!絶対にならない!」


 それから1週間、なんかウィゼルドに手を繋ぎたいとよく言われるようになった。結果慣れはした、慣れてしまえばなんてことなく出来るもんだ。


「なあ、シャロン」

「ん」


 研究資料を眺めていた僕は無意識に手を出していた。


「なんだ、手を繋ぎたいのか?」

「…はっ!!!」


 待機中の詰所の食堂で珈琲を飲みながらキーラ達と話をしている所だと思い出して冷や汗が出てくる。

 勿論前に座る2人がニヤニヤしている。


「シャロン、もう名前呼ばれるだけで手を出すようになってるんだね」

「んもう、シャロン可愛いわ~」

「ちが、くないから腹立つ…!」

「スコーンが焼けたというからもらってくるが、いくつ欲しい?」

「2…」

「わかった、2人の分ももらってこよう」

「じゃあ1カゴ全部」

「…許してもらえるだけもらってくる」


 ウィゼルドがカウンターの方に行って交渉している。

 スコーンなんて…口がパサパサになるのに…。


「その調子ならチューももうすぐかもな!」

「もう、ナージャ…そんな煽ったらシャロンが真っ赤になるわよ」

「ならないよ!」

「「なっている」」

「もう!」


 本当、僕は弄られるのは慣れていないんだよ!!!

 随分長かったなと思ったら、結構な量のスコーンが入ったカゴや多めのジャム等を持ってきたぞ。


「これが限界だそうだ」

「うん、満足だよ、ありがとう!!バロンド」


 2人が嬉しそうに食べ始めたから僕ももらう。


「手は繋がなくていいのか?」

「ごほっ…」


 ウィゼルドのせいでむせてしまったじゃないか!!無意識気を付けないとと心に誓ったけれど…いや、無意識は無理だ。だって無意識なんだもん。


「しかしこんな清いカップルが今の世の中にいるのだろうか?」

「え?清い?」

「キスすらまだで何ヶ月?3ヶ月?」

「5ヶ月よ、ナージャ」

「うわぁ…信じられない…高校生カップルでもそのくらい付き合ってたらあれやこれややってるっていうの…」

「あれやこれや?」

「やだ、シャロンったら、恋人と言ったら…あら…何か…本当にわかってなさそう…」


 キーラが信じられないといった顔をしている。何をするというのだ?

 ウィゼルドを見たら顔をそらされた…あ、これはこいつは気付いたんだな。それじゃ分からない僕が何か負けな気がするぞ…恋人がすること…。

 いや待て、僕、ラブロマンス映画や恋愛小説なんて読んだことがない!!


「ダメだ…僕はもう…ダメだ…一般常識すら分かっていないようだ…」

「バロンド、今度教えてやれ…」

「あー…ああ…」


 めっちゃくちゃ渋ってるじゃん。なんなの!?


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