エピソード 3ー16

 そうして初日のテストは無事に終了。

 二日目も無事に終わり、三日目のテストが始まった。

 とはいえ、準備は整っている。入試のときのように成績を急上昇させる必要はなく、後回しにしていた課目を集中的に取り掛かるだけだった。

 私は特に慌てるとことなく、淡々とテストの解答欄を埋めていく。


 テストが終わると、問題用紙と教科書を並べて唸っている乃々歌を見かけたけど、私が近付く素振りを見せると、一般生の女の子が乃々歌を庇うように現れた。


 女の子は制服のスカートをぎゅっと握り締め、それでも私から乃々歌を隠す。どうやら、乃々歌は一般生と良き関係を築けているようだ。


 私はなんでもない風を装って帰る支度をする。

 ほどなく、乃々歌はクラスメイトの女の子達に、図書館で勉強をしようと誘われる。彼女は私にちらりと視線を向けると、友達の申し出を受けて教室を後にした。

 それを見届け、私も帰路につく。


 そうして三日目は無事に終わり、四日目、五日目のテストも無事に終わる。最後のテスト用紙が回収されるのを見届け、先生が退出するのを横目に軽く伸びをした。

 直後、私の視界に琉煌さんが映って思わず咳き込みそうになった。すぐに伸びをやめて、なんでもない風を装う。そこへ近付いてきた琉煌さんが話しかけてくる。


「おまえは本当に難儀な性格だな」

「……もしかしてわたくし、喧嘩を売られているのかしら?」


 憎まれ口を返しながら、なんのことだろうかと必死に頭を働かせる。

 琉煌さんの性格を考えても、乃々歌の件だとさすがに遅すぎる。それとも……もしかして、六花さんとなにか話したのかな? ……それならありそうな気がする。

 そんなことを考えつつ、さあ答え合わせこーい! と思っていたら、琉煌さんは肩をすくめて去っていった。って、ちょっと、私に用があったんじゃないの?

 心の中で呼び止めるけど、彼はそのまま去っていった。


 ……ぐぬぬ。

 そんな風にされると気になるじゃない。それとも、私に気にさせる作戦? それなら思いっ切り術中にはまってるけど、特に意味はない可能性もありそうだ。

 なんにしても、今日は琉煌さんにかまってる暇はない。

 ようやく中間試験も終わって一区切り、この機会に雫のお見舞いに行くのだ! という訳で、私は鞄に筆記用具などをしまって教室を後にした。



「雫、お見舞いに来たよ~」

「澪お姉ちゃん、今日は早いんだね。もしかして創立記念日かなにか?」

「うぅん、今日は試験の最終日だったんだよ」

「え、でも……」


 雫の視線が私の服装に向けられる。

 私が身に付けているのは、先日のモデルで使用した洋服の一つ。夏を先取りしたサマーカーディガンとブラウス、ハイウェストのスカート&ニーハイソックスだ。


 雫は私が地元の公立高校に通っていると思っているので、制服で学校がバレるのを防ぐ必要がある。そのため、一度帰って着替えてから来た――という設定を伝える。

 本当は病院の更衣室を借りたんだけどね。


「家に帰って着替えてきた?」

「うん、これを渡したかったから」


 私はそう言って、手に提げていた荷物を雫のまえに掲げて見せた。


「それ、なに?」

「雫にプレゼント、ノートパソコンだよ。私とおそろいで買っちゃった」

「え、ノートパソコン? って……うわっ、これ、年末に出たモデルの高級品じゃない。ものすごく高かったんじゃない?」

「そんなことないよ。ほら、領収書」


 突っ込まれると思って、用意してあった領収書を見せる。

 それを見た雫が信じられないと目を見張った。

 パソコンのことは分からないから、桜花百貨店の家電量販店で予算を提示して、ライブチャットが出来る手頃なノートパソコンを選んで欲しいと店員さんにお願いした。

 そうして売ってもらった品なので、私のバイト代で買える程度の金額だ。


「ほんとに、ほんとにこの金額で購入できたの?」

「そうだってば。それより、これで私とライブチャットできるでしょ?」

「え、まぁ、それはもちろん、出来るけど……」


 値段に納得いってないみたいだけど、私は嘘を吐いていない。


「それより、設定は分かる?」

「うん、この程度ならすぐに設定できるよ。そういう澪お姉ちゃんは?」

「私も大丈夫。友達に教えてもらったから」


 本当はシャノンだけど、もちろんそんなややこしくなるようなことは言わない。私は雫がノートパソコンを触り始めるのを横目に、お見舞いのリンゴを剥くことにした。

 余談だけど、雫の病室には、キッチンやリビングまである。

 悪役令嬢の教育課程に料理はないけれど、佐藤 澪には必要だった技術。最近は使ってないけど……と、キッチンでナイフを手に取って、クルクルとリンゴの皮を剥き始めた。

 鼻歌交じりにリンゴを剥いていると、雫が「ねぇ澪お姉ちゃん」と呼びかけてきた。


「どうかした?」

「最近、お姉ちゃんはなにをしてるの?」

「なにって……女子高生? あと、バイトもしてるよ」

「バイトって、楓さんのところ?」

「……うぅん、高校生になったから、別のところで働いてるよ」


 ボロが出来ないように誤魔化す。

 それを聞いた雫はわずかに沈黙して――


「変なバイト、してないよね?」


 唐突にそんなことを言った。

 私はびくりと身を震わせ、だけど深呼吸一つで冷静さを取り戻す。何食わぬ顔で「変なバイトってなによ?」と振り返ると、雫は裏返しになったファッション誌に視線を向けた。


「……雫、そのファッション誌がどうかしたの?」

「……うぅん。なんでもない」

「そう?」

「うん」


 どうして急に興味をなくしたのか分からないけど、自分からほんとに怪しいバイトなんてしてないわよ? なんて言いだしたら怪しすぎる。話題は蒸し返さない方がいいだろう。

 私は剥いたリンゴをベッドサイドのテーブルに置いた。



 それから数日が過ぎ、試験の結果が発表される日になった。廊下には上位五十名の名前が張り出されている。私はそれを見るために教室を後にした。

 上から見ると、十番以内に琉煌さんや陸さんの名前が入っている。

 続いていくつか見知った名前が並び、二十七位に六花さんの名前があった。

 それからしばらく、眺めていくと四十四位に桜坂 澪の名前があった。

 結構ギリギリだけど、ミッションを達成し、六花さんとの約束も果たせたようだ。私はその事実にほっと一息をつく。

 ついでに五十位まで確認すると、五十位に乃々歌の名前があった。


 ――え?


 驚いて、もう一度見直すけれど、たしかに柊木 乃々歌と書かれている。

 原作の彼女は徐々に成績を上げ、二学期くらいからここに名前が載るはずだった。なのに、一学期の中間試験から、ギリギリとはいえ名前が載っているのは驚きだ。

 その事実に驚いていると、「目標達成、おめでとうございます」と声を掛けられた。振り向くと、悠然と微笑む六花さんの姿があった。


「六花さんこそ、二十七位なんてすごいじゃないですか」

「ありがとう。でも、澪さんほどじゃないわよ」


 一瞬、嫌味かと思ったけれど、六花さんがこんな嫌味を言うとは思えない。そう思って首を傾げると「澪さんの入試の結果を知っているんです」と笑った。

 どうやら、私が成績を大きく上げたことを知っているらしい。


 ……というか、入試の結果って、自分の分以外は非公開のはずなんだけどなぁ。

 まあ、紫月お姉様も知ってそうだし、今更か。


「そういえば……お二人の姿が見えませんね?」

「ええ。そして謝罪もなく、名前も載っていない。そういうことなのでしょう」


 見切りを付けるつもりのようだ。

 悪役令嬢の取り巻きになれず、六花さんのお友達にもなれなかった。彼女達がこれからどうなるのかは分からないけど、悪役令嬢と共に破滅するよりはましだろう。


「それにしても、やはりわたくしの予想は間違っていなかったようですね」

「予想、ですか?」


 六花さんの言葉に、私は首を傾げた。


「澪さんが見かけ通りではない、ということです。休み時間も本を読んでいるばかりなのに、結果はしっかりと出している。澪さんは努力を見せない方なのですね」


 私はその言葉に応えない。六花さんは微笑んで「貴女が正式に雪月花に選ばれるのを、わたくしは楽しみにしております」と去っていった。


 私としても、色々なヤマが片付いて一安心だ。

 もちろん、校外学習でのイベントなんかが待っているけれど、雪月花入りは結果を待つだけだ。大きな問題を起こせばその限りじゃないけれど、権力を笠に着た程度じゃ雪月花入りが立ち消えになることはない。

 私の意識は、完全に校外学習でのイベントに意識が移っていた。


 だけど、数日後。

 私が戸籍を改竄していて、実は桜坂家の血を引いていないという噂が、学園であっという間に広がった。まるで、誰かが意図的に噂を広げているように。

 

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