エピソード 3ー15

 結論から言えば、乃々歌が一般生のあいだで孤立している状況は改善された。

 先日の一件で、乃々歌に対するいくつかの噂が流れた。その噂というのは、乃々歌が桜坂家のご令嬢の不況を買ったとか、最初から仲良くなんてなかったという内容だ。


 後者の噂は望むところだが、前者は乃々歌に近付く者が巻き添えを食らいそうだと警戒しそうで好ましくない。よって、紫月お姉様の手の者達が、噂の方向性を誘導した。

 正反対の噂を流すのは難しくとも、噂の方向性を変えることは可能だったようだ。


 こうして二週間ほど掛けて、乃々歌は一般生達と打ち解けていった。問題がすべて解決した訳ではないけれど、とにかく目先の問題は解決できたと思っていいだろう。

 私はそれを横目に勉強に打ち込み――ほどなくして中間試験が始まった。


 中間試験は五日に分けられていて、五日目は一般教養などのテストも含まれる。入試のときは的を絞ることが出来たけれど、今回はすべての項目において目標を達成する必要がある。

 初日の朝、私は自分の席に座り、これから受けるテストの内容を思い返していた。


 ただし、悪役令嬢は必死に予習したりしない。そんな信念に基づき、私は雑学の本を眺めながら試験内容を思い返していた。

 だから、だろうか?


「澪さんは相変わらず本を読んでいらっしゃいますわね」


 不意に六花さんが話しかけてきた。彼女と話すのは、私が体育の授業中に乃々歌を虐めて以来、およそ二週間ぶりだ。正直、もう話しかけられることはないと思っていた。


「……声を掛けられるのは意外でした」

「わたくしも、試験の結果が出るまでは話しかけないつもりだったんですが、澪さんの張り詰めた空気が気になりまして」


 張り詰めた空気? と首を傾げる。内心はともかく、表面上は余裕ぶってテスト前なのに読書をしている振りをしていた。緊張してるようには見えなかったはずだ。


 いや、それよりも『試験の結果が出るまでは』話しかけるつもりはなかった? それは逆を言えば、最初から中間試験の結果が出れば話しかけるつもりがあったと言うことだ。

 それはつまり……


「先日の約束、既に反故になったものと思っていたのですが?」

「体育の一件、貴女の行動はハッキリ言って不快でした」


 きっぱりと言われる。

 そのあまりのすがすがしさに、私は答えの代わりに苦笑いを浮かべた。

 私だって、六花さんと同じ立場なら、同じような感想を抱くだろう。でも、六花さんと同じように、胸を張って不快だと言えるかは分からない。

 さすが、雪城家のご令嬢、といったところだ。


「不快なら、話しかけずともよろしいのでは? いまなら、先日の約束をなかったことにしても、誰も不義理だとは思わないはずです」


 六花さんに理解して欲しいと思う反面、これ以上踏み込んでこないで欲しいとも思う。二つの相反する感情がせめぎ合い、私は六花さんを遠ざけようとした。

 だけど――


「そうしようかと迷ったのは事実です。ですが、こうも思ったんです。見知らぬ女の子を助けるような親切な方が、相手が庶民だという理由であんな風に辛く当たるものだろうか、と」

「……見知らぬ女の子?」

「瑠璃のことです」


 そっちか――と、納得する。

 たしかに、取り巻きの二人が、自分から乃々歌を虐めていたとは言わないだろう。

 でも、瑠璃ちゃんの件なら話は早い。あのときの私は瑠璃ちゃんの正体を知らなかったけど、それは私にしか確認できない事実だから。


「見知らぬ女の子ではありましたが、身なりから財閥関係者だと予想していました。見返りを期待して、打算的に手助けしただけですわ」

「かもしれませんね。でも、打算で動ける人が、わたくしの誘いを断って、あのような暴挙に走るはずがありません。つまり、貴女の行動は矛盾している。裏があると言うことです」


 そんな理由で見抜かれるとは思わなかった。

 さすがとしか言いようがない。

 追い詰められて沈黙する私に、六花さんが説明を続けた。


「そうして視野を広げたら気付いたんです。一般生のあいだで孤立しつつあった柊木さんが、いつの間にかみんなと仲良くなっていることに。貴女が、狙ったのではありませんか?」


 完敗だった。

 でも、私はその敗北を認めない。

 私が認めない限り、その真実が事実には成り得ない事象だと知っているから。


「……結果論ですね」

「そうかもしれませんし、そうじゃないかもしれない。だからこそ、貴女を見極めようと思ったのです。……ご迷惑ですか?」


 私は答えられない。答えられるはずがない。

 私が乃々歌に酷いことをしたのは事実だ。それはみんなが見ている。それなのに、私のことを信用しようとしてくれている。そんな彼女に迷惑だなんて言えるはずがない。

 そして、私が沈黙した時点で、私は白状したも同然だった。


「試験、がんばってくださいね」


 六花さんは微笑みを残して去っていった。

 私はその後ろ姿を見送って、それから本に視線を落とす。でも、その後は一ページもめくることなく、これから受ける試験についての準備に時間を費やした。

 

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