エピソード 3ー10

 私が雪月花になるのは予定調和だ。いまから停学になるような問題を起こすとか、成績を大きく落とすなどしなければ、雪月花になることは決まっている。


 つまり、私を見極めるというのはほぼ口実。私が自分の生まれを揶揄する人間を歯牙にも掛けていないと口にしたことで、逆にそれなりに煩わしく思っていると判断。口さがない者達を黙らせるために自分が味方になる――と、そう言ってくれているのだ。


 ……この人、すごく良い人だ。

 でも、困った。この状況は私の望む状況じゃない。

 悪役令嬢は琉煌さんに想いを寄せているけれど、それを周囲の誰も快く思っていない。それが原作乙女ゲームの展開的に理想な状況なのに、六花さんに味方されると困ってしまう。


 でも、私にはこの提案を断る口実がない。

 悪役令嬢として振る舞う私が、ここでこの提案から逃げるなんて真似は出来ない。シャノンになにか良い案はないかと視線を向けるけれど、彼女は無言で首を横に振った。

 困った、どうしよう。誰でもいいから助けて――と、心の声が聞こえた訳ではないだろうけど、東路さんが「お待ちください、六花様」と待ったを掛けた。


 さすが悪役令嬢の取り巻き! ヒロインの邪魔をするはずの貴方達が私の邪魔をしているのがちょっと気になるけど、とにかくこの状況をぶち壊して!

 内心でエールを送ると、それに背中を押されたかのように東路さんが捲し立てた。


「彼女が雪月花に選ばれるのは既に決まっていることではありませんか。その条件は、いくらなんでも彼女に有利すぎますわ!」

「そうです、六花様。六花様のご友人と認めるなら、もっと条件を厳しくするべきです」


 ここだ――っ! と、私は口を開く。


「そうですわね。雪月花になれるかどうかで見極めると言われても困りますわ。わたくしが雪月花に選ばれるのは必然ですから」


 傲慢に、悪役令嬢らしく笑う。

 これで性格の悪い私は琉煌さんに相応しくないと判断して、私を試す気を失ってくれれば最高だ。そう思ったのだけど、六花さんは少し考えた後に視線を取り巻き達に向けた。


「では、二人はどのような条件ならいいと思うのですか?」

「それは……」


 と、西園寺さんと東路さんがヒソヒソと話し合う。

 さすがに、前言を撤回してはくれないか。でも、二人に任せたのは良い判断だ。ここで私が絶対に達成できないような無茶振りをしてくれれば、私が断る口実になる。

 がんばれ~、無茶な条件をひねりだせ~と念を送っていると、ほどなくして話し合いは終わり、東路さんが「それなら、こういうのはいかがでしょう?」と条件を口にする。


「六花様にとって重要なのは、いま現在、その地位に相応しい能力を持っているかどうかなのですよね? であるならば、それを証明するのはやはり成績でしょう」

「雪月花に選ばれるなら、成績も相応のはずですが?」


 六花さんは首を傾げた。


「それじゃ足りません。六花様にご友人として認めていただくのですから、今度の中間試験、総合成績で五十位以内に入るくらいは出来て当然でしょう」


 したり顔で口にする東路さん。少し考えた六花さんは「そうね。そういう考え方もあるかもしれないわね」と、同意した。それを見た取り巻きの二人は小さく笑う。

 雪城財閥のご令嬢を味方に出来ると考えれば、破格の条件と言えなくもない。けど、基本的に一般生は成績優秀なので、財閥特待生が五十位以内に入るのは大変だ。

 東路さん達の提案は、完全に私に対する嫌がらせだろう。


 だけど、私は元から中間試験で上位二十%以内に入れというミッションを受けている。一年の生徒数は二百五十人程度なので、五十位以内は元々の目標と変わりない。

 そう思っていたら、六花さんが口を開いた。

 ただし――


「それでは、貴方達にも達成していただきましょう」


 取り巻きの二人に向けて。


 西園寺さんと東路さんは「え、私達ですか?」と顔を見回せる。その瞬間、六花さんの瞳が冷たく光ったのを私は見逃さなかった。


「わたくしの友人には相応の成績が必要なのでしょう?」

「い、いえ、それは……」

「なにかしら? 澪さんに条件を突き付けて、自分達は突き付けられないとでも? まさか、澪さんが養女だからと、差別している訳ではありませんわよね?」


 六花さんの問い掛けに二人は言葉を返せない。

 それを認めれば、六花さんの忠告を無視して私の生まれを差別していることになるし、認めなければ自分達も厳しい条件を満たさなければいけないことになるからだ。

 そうして二人の反論を封じた六花さんは淡々と言葉を紡いだ。


「自分の発言には責任を持ちなさい。西園寺さん、東路さん、次の中間試験で、五十位以内に入るか、それに変わる価値を証明しなければ、わたくしは貴方達を友人と認めません」

「それ、は……」


 二人の顔色が真っ青になっている。おそらく、現時点の成績から相当厳しい条件なのだろう。でも、六花さんは条件を緩和したりしなかった。


「いいですね?」

「わ、分かり、ました」

「が、がんばります」


 震える声で了承する二人に「では、今日はもう帰りなさい」と六花さんは突き放す。二人は私をきっと睨みつけ、それから逃げるように走り去っていった。

 その後ろ姿を見送り、六花さんは私に向き直り――深々と頭を下げた。


「澪さん、わたくしの連れが失礼いたしました」

「いえ、気にしていませんわ」


 取り巻きを従えるのなら、その者達の行動にも責任を持つ必要がある。その考え方は財閥関係者の中ではある程度浸透している考え方なので、貴女に責任がないとは言わない。


 ただ、彼女達は悪役令嬢の取り巻きだ。私が六花さんに押し付けたようなものなので、さすがにこの件で六花さんを責める気にはなれない。


「それより、さきほどの言葉は本気ですか? あの様子を見るに、二人が条件を達成するのはかなり難しいのではありませんか?」

「そうですわね。でも、彼女達が言いだしたことです」


 前言を翻すつもりはないようだ。残っているお付きの人達も頷いているので、あの二人の暴走は今回が初めてではないのかもしれない。


「友人という訳ではないのですか?」

「雪城家の後ろ盾目当てで近付いてきた方々ですから、お友達になった覚えはありませんわ」

「では、最初から切り捨てるつもりだった……と?」

「いえ、そういう訳ではありません。ですから、自分達の言葉に責任を持って条件を達成するか、あるいは貴女に謝罪するくらいの誠意を見せるなど、わたくしのお友達に相応しい価値を見せるのなら認めるつもりです」


 能力の証明か、善良であることを証明する。そのどちらかを成し遂げられれば友人と認め、どちらも成し遂げられなければ切り捨てる、ということ。

 さすが大財閥のお嬢様、判断基準が興味深い。

 それよりも、問題は私の件だ。


「それで、わたくしも同じ条件を課せられるですか?」


 おいたをした取り巻きをやり込めるために利用されたようなものだ。それが少しだけ不満だという感情を滲ませる。もちろん本心ではなく、交渉のためのブラフだけど。


「澪さんはなにをお望みですか?」


 六花さんはすぐさま、私が不満を滲ませた意図に気が付いた。すごいよこの人、もしかしたら紫月お姉様に匹敵する能力の持ち主かもしれない。


「条件を変えてください。わたくしが五十位以内に入り、無事に雪月花のメンバーに入ることが出来たのなら、一度だけ、六花さんが無条件でわたくしの味方になってください」

「それは、私個人の力が及ぶ範囲、ということでよろしいでしょうか?」

「もちろん、親の会社を動かせなんて無茶は申しませんわ」


 琉煌と私の仲を取り持つという条件を、私の味方をするという内容に変えただけ。その、条件が変わっていないようで変わっている。その差異に気付いたかどうか――

 果たして、六花さんは了承の意を示した。


「いいでしょう。貴女が条件を達成したら、わたくしは貴女を友人と認め、わたくし個人の力が及ぶ範囲に限り一度だけ、無条件で貴女の味方になると約束します」


 上手くいった。

 これで軌道修正が楽になった。

 紫月お姉様から与えられたミッションを淡々とこなす。それだけで私は六花さんに認められ、乃々歌ちゃんと琉煌さんの仲を取り持つための切り札を手にすることが出来る。


「その言葉、忘れないでくださいね」


 私は肩口に零れ落ちた髪を手の甲で払い、悪役令嬢らしく微笑んだ。

 

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