エピソード 3ー9

「……申し訳ありません、六花様」

「六花様、申し訳ありません」


 二人は項垂れて頭を下げた。ただし、謝罪の相手は私ではなく六花さんだ。私には謝りたくないという内心が滲んでいる。それに気付いた六花さんが眉をひそめる。


「貴女達――」

「六花さん、わたくしへの質問は琉煌さんとの関係について、ですか?」


 六花さんの言葉を遮る。

 彼女が取り巻き達に謝罪を強制しても、二人が反省するとは思えない。それどころか、六花さんのまえで恥を掻かされたと私に対して恨みを募らせるだろう。

 そんなのは私にとって害悪でしかない。だから、謝罪は必要ないと遮った。それに気付いたであろう六花さんは少しだけ困った顔をして、一呼吸置いてから頷いた。


「ええ。わたくしの質問は、貴女と琉煌の関係について、ですわ」

「返答するまえに、質問の意図を聞いてもいいでしょうか?」

「意図ですか? わたくしは琉煌の従姉で、グループ企業に属する会社の娘ですから」


 従姉というのは、従弟の相手が気になるという意味だろう。そこに恋愛感情が絡んでいるかどうかまでは、現時点では分からない。でもグループ企業という下りを考えると、私達の関係を勘ぐって、次期当主の伴侶に相応しいかどうかが気になっている、と言ったところか。


「六花さんのそれは杞憂です。先日、妹さんのお世話をする機会があり、そのお礼をしていただいただけですわ」

「……妹? 瑠璃のことですか?」


 詳しくは琉煌さんに聞いてください――と言いたいところだけど、それはそれで話がこじれそうな気がする。私は差し障りのない範囲で事情を打ち明けることにした。


「東路さんが仰ったようにわたくしは養女です。雪城財閥の御曹司と踊ることで、わたくしの立場を護ることが出来るとお考えだったようですよ」

「……やはり、琉煌さんにとってあなたは特別な相手なのですね」


 どうしてそうなるのよ! と、喉元まで込み上げたセリフは寸前のところで飲み込んだ。

 だけど、私は悪役令嬢だ。

 分不相応にも攻略対象に恋をして、ヒロインに負けて破滅するのが私の運命だ。琉煌さんが私に特別な感情を抱いていると誤解されるのは避けなくてはいけない。


「琉煌さんにそのようなお考えはないと思います」

「いまはそうだとしても、これからはどうなるか分からないではありませんか」


 いえ、原作乙女ゲームの展開と違うのであり得ません――とはさすがに言えない。と言うか話がよくない方に向かっている。ここは話題をずらしたほうがよさそうだ。


 でも、どういう方向にずらそう?

 状況的には『わたくしにその気はないのでご安心ください』の一言で解決するのだけど、悪役令嬢であるという事実がそれを許してくれない。


 立場的に、琉煌さんに想いを寄せているというスタンスを否定することは許されないけど、周囲に味方してもらうことは許されないって、結構しんどいよね。


 ……うぅん、考えれば答えは一つしかないね。琉煌さんへの想いは否定せず、だけど六花さんには応援してもらえないような発言をするしかない。


「結局、貴方はなにをおっしゃりたいのですか? そちらの彼女のように、養女のわたくしは琉煌さんに相応しくないから身を引けと、そういう話かしら?」


 挑発に乗ったかのようにして、険悪な空気へ持っていこうとする。


「あら、育ちなんてたいした問題ではありませんわ。重要なのは生まれや育ちじゃなくて、いまの貴女が琉煌の隣に相応しいかどうか、それだけではありませんか」

「いえ、それは、そうですが……」


 すっごい正論で諭された。

 と言うかこの人、普通に良い人な気がしてきた。


「もしかして、澪さんは養子であることに負い目を感じていらっしゃるの?」

「いいえ。養子と言っても、わたくしは桜坂の血を引いていますから、負い目に感じる理由はありませんわ。もっとも『養子であることは桜坂 澪にとっての負い目である』と考えている方々がいることは存じておりますけれど」


 視線を取り巻きに向けて笑う。

 揶揄する人間はいるけれど、私は歯牙にも掛けていないという意思表示。取り巻きの二人が反応しようとするけれど、それは六花さんが押さえ込んだ。

 彼女は少し考えて、「ではこうしましょう」と胸のまえで手を打ち合わせた。


「わたくしに、貴女を見極めさせてください。もし貴女が雪月花に選ばれれば、わたくしは貴女を友人と認め、一度だけ琉煌との関係を取り持つと約束しましょう」

「……はい?」

「心配しないでください。雪月花に選ばれずとも力にならないだけで、琉煌さんと貴女の仲を邪魔したりはいたしませんわ」


 そんな心配はしてないよ! と、心の中で悲鳴を上げた。

 

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