エピソード 3ー8
「い、いつの間に。というか、なんですか?」
「待ちなさい。……と、うん、いい表情をするじゃない。よかったわね、貴女。今回のコンセプトにマッチしていて。いえ、だからこそ、なのかしら?」
「……どういうこと?」
「さっさと着替えなさいって言ってるの」
どうやら、今回のモデルに私を使ってくれると言うことらしい。それなら最初からそう言って欲しい――と思うのは、私のワガママなのだろうか?
でも、どうして急に意見を翻したんだろう――という疑問には、後で紫月お姉様が答えてくれた。今回撮影をするファッション誌には毎回テーマがあって、今回のテーマは『誰かのために、がんばるキミの
それが、自然体の私にちょうどマッチした。
ということで写真撮影は始まり――
「ほら、さっさとさっきの表情を浮かべなさい」
「さっきの表情って、どの表情よ」
「ったく、しょうがないわね。そんな体たらくで妹を護れると思ってるの? ……そう、その表情よ。出来るじゃない。ほら、次はあっち。あっちに妹がいると思いなさい」
「え、妹?」
「そう、貴女の妹が助けを求めてるわ。貴女が出来ることはなに? そこで突っ立ってること? 違うでしょ? そう、その表情よ。いいわ、やれば出来るじゃない」
そんな感じで撮影は続く。
紆余曲折あったものの、なんとか最後まで無事に終わった。
「お疲れ、澪。貴女、中々面白い人材ね。また機会があれば撮ってあげるわ」
「そうね、機会があれば撮られてあげてもいいわよ」
「ふふっ、ほんと口の減らない小娘ね。なんて……それも演技よね。アタシは素の貴女の方が魅力的だと思うけど、なにか訳ありなのよね」
「小鳥遊先生、それ――」
「分かってる、誰にも言わないわ。それと、名刺、渡しといてあげる。アタシに撮られたくなったらいつでも連絡してきなさい」
小鳥遊先生の名刺を受け取って、代わりにシャノンが用意した名刺を手渡した。背後で、他のスタッフが、小鳥遊先生が名刺を渡すなんて……と驚く声が聞こえる。
これも後で聞いた話だけど、小鳥遊先生がモデルの名前を覚えるのは相手を認めたときだけで、名刺を渡すのはもっと珍しいんだって。どうなることかと思ったけど、ひとまずは無事に終わったと思っていいのかな?
そんな風に考えながら、私は撮影現場を後にした。
「――あら、貴女は」
スタジオの廊下を歩いていると、六花さんと出くわした。
「ご機嫌よう、六花さん」
「ご機嫌よう、澪さん。こうして話すのは初めてですわね」
丁寧な口調だけど、私は嫌な予感を覚えた。と言っても、六花さんの口調に毒が含まれているとか、その表情が笑っていないという訳じゃない。
六花さんの物腰は柔らかそうだ。
私が嫌な予感を抱いたのは――と、彼女の背後へと視線を向ける。
付き人のように従う顔ぶれに、見覚えのある少女が二人混じっている。それは、入試の日に乃々歌ちゃんに絡んでいた
悪役令嬢の取り巻きであるはずの二人がここにいるのか、偶然か、必然か、必然として目的はなんなのか、圧倒的に情報が足りない。彼女達がなぜ行動をともにしているか、情報を手に入れるまで関わり合いになるのを避けるべきだろう。
「それでは、わたくしは失礼いたしますわ」
そう言って彼女の横を通り過ぎようとする。
だけどすれ違った直後「お待ちなさい」と六花さんが声を上げた。私は頬が引き攣るのを自覚しつつも、「なんでしょう?」と作った笑顔で振り返った。
「貴女、琉煌とはどういう関係ですの?」
悪役令嬢の取り巻きを引き連れるのは、原作には登場しないメイン攻略対象の従姉。六花さんが私を引き止めてまで問い掛けてきたのはそんな言葉だった。
彼女の質問の意図が掴めず、私は当たり障りのない答えを返す。
「どう、と言われましても。ご存じのように、ただのクラスメイトですが?」
別のクラスになった陸さんはもちろん、乃々歌ちゃんや琉煌さんとも話していない。同じクラスである彼女なら、それを知っているはずだ。
だけど、私の言葉に西園寺さんと東路さんが反応する。
「嘘を吐かないで! だったらどうして、琉煌様があなたと踊ったのよ!」
「そうですわ! それに聞きましたわよ。最近まで、桜坂財閥に澪という名前の令嬢はいなかったそうじゃありませんか。貴女、どこからか連れてこられた養子なのでしょう? それなのに、琉煌様の隣に立つなんて許されると思っているのかしら?」
悪役令嬢の側に立ち、ヒロインを責め立てるはずの二人がいま、六花さんという後ろ盾を得て、私に誹謗中傷を投げかけている。
二人が悪役令嬢の取り巻きに相応しい性格というのは事実のようだ。なら、そんな二人を従える六花さんは、悪役令嬢のような立ち位置にいるのだろうか?
「お止めなさい。……西園寺さん。頭ごなしに嘘と決めつけるものではありませんわよ。それに東路さんも、生まれを揶揄するような物言いはよくありませんわ」
私の予想とは裏腹に、六花さんはやんわりと二人を諭した。
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