エピソード 3ー3

 その後、琉煌さんとのダンスを終えた私は、早々にパーティー会場を退散。無事――とは言いがたいけれど、私はひとまず最初のイベントを乗り越えた。

 そうして自宅に帰った私は制服姿のままでベッドにダイブした。


「あぁ~疲れた」


 悪役令嬢となって紫月お姉様の代わりに破滅する。雫の命を救う代償なのだから大変だとは覚悟していたけど、まさか初日からこんなに波乱続きとは思わなかった。

 今日くらいはゆっくりと休みたい。そんな願いも虚しく、シャノンが現実を突き付ける。


「澪お嬢様、今日の一件で紫月お嬢様がお呼びです」

「……分かった」


 初日から盛大にやらかした。紫月お姉様に合わす顔がないけど、呼び出しに応じない訳にはいかない。私は覚悟を決めて紫月お姉様が待つ彼女の部屋へと足を運んだ。

 ノックをして部屋に入れば、部屋着とは思えないほど上品な、お嬢様風の洋服に身を包んだ紫月お姉様が、書類を片手にソファに身を預けていた。


「色々と想定外のことがあったようね」

「……申し訳ありません、紫月お姉様」


 言い訳はせず、彼女に向かって深々と頭を下げる。


「頭を上げなさい。想定外の事態だけど、この件で貴方を責めるつもりはないわ。ただ、シャノンからの報告だけじゃ分からないこともあるから、詳しい話を聞かせてちょうだい」

「分かりました」


 紫月お姉様の勧めに従って、制服のスカートを押さえてソファに腰を下ろす。ローテーブルの上に二人分のお茶菓子を添えるシャノンの姿を横めに、私は姿勢をただした。


「なにからお話しましょう?」

「そうね。まずは順を追って、乃々歌が話しかけてきたところから説明してもらおうかしら」

「はい。まずは――」


 私はまず、先日の一件で突き放したつもりの一言が、乃々歌ちゃんにはアドバイスと受け取られていたこと。それが原因で感謝されていたことを打ち明ける。


「……あぁ、ヒロインはポジティブだからね」


 紫月お姉様がしみじみと呟いた。

 どうやら、彼女の打たれ強さは原作乙女ゲームの設定通りのようだ。私は続けて陸さんが接触してきた理由について打ち明ける。乃々歌ちゃんを助けた現場を見られていた。と。


「そう。彼は財閥特待生の地位を笠に着た人が嫌いだから、乃々歌を助けた財閥の令嬢、つまり貴女に興味を持つのは当然とも言えるわ。でも……」

「琉煌さんの件ですね」

「ええ、一体いつ知り合ったの?」


 実は――と、最後のバイトで彼の妹に出くわしたことを打ち明ける。妹さんの忘れ物を届けて琉煌さんに出会い、妹の体調不良に気付いたことで彼に感謝されたということも。

 それを聞いた紫月お姉様は思わずといった面持ちで天を仰いだ。


「それ、ほぼヒロインが琉煌のルートに入るときのイベントよ。そんなことがあったのなら、琉煌が貴女に興味を抱くのは当然ね」

「――重ね重ね申し訳ありませんっ」


 反射的に立ち上がって頭を下げる。

 知らなかったとはいえ、紫月お姉様の計画をむちゃくちゃにしてしまった。それも、私が最後に一度だけ、バイトに行きたいとワガママを言ったせいだ。


「頭を上げて、座りなさい」


 彼女の言葉に従って顔を上げ、ソファに座り直す。


「バイトに行く許可を出したのはわたくしよ。それによって生じた不測の事態についても、責任はわたくしにあるわ。だから、貴方が謝る必要はない。だけど――」


 彼女の瞳が細められた。

 その先は言われるまでもないと、私が続きを口にする。


「紫月お姉様も、私も、この件で失敗する訳にはいかない、ということですよね?」


 責任の所在なんて関係ない。私のミスだろうが、天変地異が原因だろうが、失敗すれば取り返しのつかないバッドエンドを迎えることに変わりはない。

 だからなんとしても、軌道修正を測る必要がある。


「分かっているのならいいわ。じゃあ、琉煌と踊った理由を訊かせてもらいましょう」

「それは皆の敵意を私に向けるためです。私が悪役を演じることで、陸さんや乃々歌ちゃんの敵意が、琉煌さんではなく私に向くと考えました」

「なら、琉煌と踊ったのもそれが理由かしら? シャノンの報告によると、貴方達はとても楽しげに踊っていたように見えたそうだけど……彼に惹かれたから踊った訳じゃないと?」

「あり得ませんっ!」


 バンとローテーブルに手を突いた。


「感情的になるのは図星だからじゃない?」

「……いいえ。たしかに、琉煌さんはメイン攻略対象に相応しい方だと思いました。でも、そんな浮ついた感情で、妹の命を危険に晒したりしません!」


 私が悪役令嬢になったのは、戸籍の改竄にまで同意して家族との絆を手放したのは、雫の命を助けたかったからだ。決して、財閥の子息と恋仲になるためなんかじゃない。

 そう睨みつける私と、紫月お姉様の視線が真正面からぶつかり合った。

 紫月お姉様と無言で睨み合う。

 最初に視線を外したのは紫月お姉様の方だった。


「……どうやら本心のようね。琉煌に惹かれる人は多いから、貴女の覚悟を確認しておきたかったの。貴女の覚悟を疑ったことを謝罪して、さきほどの言葉は撤回するわ」

「い、いえ。疑われるような行動を取ったのは事実なのに、私こそすみません!」


 紫月お姉様が前言を翻したことで我に返る。

 想定外の問題ばかり起こしているのは私の方なのだ。見捨てられないだけでも感謝しないといけないのに、疑われて逆ギレするなんて恥ずかしいと頭を下げる。


「お互い、不測の事態に直面して冷静じゃなかったようだし水に流しましょう。ただ、シャノンが楽しそうに見えたと報告したことは事実なの。あなた達がダンス中にどんな話をしていたか教えてくれるかしら?」

「それなんですが、実は――」


 私が佐藤家の娘であると琉煌さんにバレたこと。その上で、彼に糾弾する意思がなさそうなこと。ダンスを踊ったのは、私の地位の確立が目的だったらしい、ということを打ち明けたのだが――


「貴女が佐藤家の娘だとバレた?」


 私の話を聞いた紫月お姉様は目を細めた。

 

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