エピソード 3ー4

「雪城家の情報収集能力を以てすれば、これが罠だと気付くのは造作もないことだ。と言っていました。一体なんのことでしょう?」

「……ああ、なるほどね。さすがは雪城財閥の次期当主と言ったところかしら」


 琉煌さんと同じような反応。

 ……私だけが知らないことがあるような気がする。


「どういうことか、説明してくれませんか?」

「そうね……いえ、いまはまだやめておくわ。貴女が知ると不確定要素が増えるから」

「……そう、ですか」


 よく分からないけど、その方がいいといわれれば、雇われの身としては黙るしかない。


「ではせめて、今後の方針についてのアドバイスをくださいませんか? 琉煌さんと乃々歌さんを接近させる方法とか、考えた方がいいですか?」

「いいえ、琉煌と乃々歌を近付けるのは後でいいわ。乃々歌は琉煌の妹と仲良くなっていないし、いまの彼女じゃそもそものステータスが足りていないから」

「妹の件は分かりますが、ステータス、ですか?」


 彼女の成長を促すべく、私自身がステータスを伸ばしている。そんな状況で今更かもしれないけど、現実の恋愛でステータスを重要視するのは違和感があると首を傾げた。


「雪城財閥の当主夫人には、相応の能力が必要なのよ」

「……あぁ、そっか。そうですよね」


 雪城財閥の当主夫人ともなれば、様々なパーティーにも参加することになる。いまの乃々歌ちゃんでは……たしかに荷が重いだろう。


「だから、そっちはしばらく様子見よ」

「しばらく、というと?」


 もう少し具体的なことを知りたいと、私は疑問を口にした。紫月お姉様は「あまり、貴女にプレッシャーを掛けたくないのだけど……」と溜め息を吐く。


「覚悟は出来ています」

「分かった。なら教えておくわね。中間試験が終わった後、校外学習でイベントがあるの。そのときに、貴女には乃々歌を虐めてもらう」


 乃々歌ちゃんを虐める。心の中で言葉にするだけでも胸が痛くなる。自分が悪事を働いているのだと再確認させられる。それでも、私は前に進むしかない。


「分かり、ました」

「……澪」

「大丈夫、覚悟は出来ているって言ったじゃないですか」


 紫月お姉様がなにかを口にするより早く、私はそう捲し立てた。


「澪、聞きなさい。貴女が覚悟を決めたことは疑ってないわ」

「え、ええ、もちろんです。だから――」

「――だから、平気だって言うのは違うでしょ。貴女が傷付いていることも、それを我慢していることも、わたくしはちゃんと分かってるつもりよ」

「紫月、お姉様……?」


 弱い自分を見せることは許されないと思っていた。だから、紫月お姉様に私の弱さを理解していると言われ、なんて答えればいいか分からなくなる。


「悪事を働くことに罪悪感を抱かない悪人は求めてないわ。罪悪感に押し潰されるだけの善人も同じよ。罪悪感を抱きながら、それでも前に進める貴女だから必要なの」

「……罪悪感を抱いても、いいんですか?」

「当然じゃない」


 紫月お姉様が優しく微笑んだ。

 弱味を見せてもいいんだって理解した瞬間、大粒の涙が零れ落ちた。慌てて目元を手の甲で擦るけれど、涙は次々にあふれてくる。


「……そっか、辛かったのね」

「はいっ、私、乃々歌ちゃんに、酷いことを……っ。あんなに、慕ってくれてるのに……っ」


 彼女には悪いところなんて一つもない。それなのに、私は彼女のことを傷付けた。言い訳のしようなんてない。私は悪い女の子だ。

 そして、なにより悪いのは――


「澪、辛いのなら降りてもいいのよ?」

「いいえ、私は降りませんっ!」


 ――悪いことだと分かっていながら、それをやめようとしないことだ。私はあふれる涙をそのままに、紫月お姉様をまっすぐに見つめた。


「私は、悪役令嬢です。自分のためにそうすると決めました。だから、このお仕事からは絶対に逃げません!」

「……分かった。なら最後まで付き合いなさい。大丈夫、貴女は悪くない。破滅するのは貴女だけど、地獄に落ちるのは私だけよ」


 紫月お姉様が茶目っ気たっぷりに笑う。

 そうして手の甲で涙を拭う私に「校外学習のイベントまでもう少し日があるわ。だから、いまは他のイベントに集中なさい」とハンカチを寄越してくれた。


 私はそれを受け取り、涙を拭う。

 そのあいだに、紫月お姉様が自分のスマフォを操作した。

 ほどなくして、私のスマフォにアプリ更新の通知が届いた。指で操作してアプリを開くと、ミッションの欄が更新され、四つのミッションが表示されていた。


 1、更新された目標値までステータスを上げろ。

 2、歪んだストーリーの軌道修正を図れ。

 3、雪月花のメンバーになれ。

 4、ファッション誌のモデルになれ。


「一気に増えましたね」

「原作乙女ゲームの本編が今日からだからね。とはいえ、雪月花のメンバーになれと言うのと、ファッション誌のモデルになれと言うのは以前から言ってあったでしょ?」

「それにステータスを上げろというのも目標が変わっただけですね」


 目標値は高くなっているけれど、前回に比べればそこまで無茶な数値じゃない。前回は私が未熟すぎたせいで大変だったけど、今回は悪役令嬢と同じ成長速度だからだろう。

 中間試験の結果で、上位二十%――五十位以内が目安らしい。

 ここまでは特に驚く内容じゃなかった。だけど、ストーリーの軌道修正について詳細を開いた私は首を傾げる。自分の把握していない問題が書かれていたからだ。


「悪役令嬢の取り巻きの扱い、ですか?」

「ええ。入試の日に、貴方が乃々歌を庇って敵に回した娘達がいたでしょう? あの子達は本当は、悪役令嬢の取り巻きになる子達だったのよ」

 

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