エピソード 2ー16

 キミ達という言葉に息を呑んだ。試験会場において、私と乃々歌ちゃんが一緒だったシーンはあの一瞬しか存在しない。すなわち、乃々歌ちゃんが虐められていた現場だ。


「あぁ、誤解してる訳じゃないよ。キミがそっちの子を助けたことは知ってる。僕も意味もなく身分を振りかざすような連中が嫌いでね。キミ達となら仲良くなれそうな気がしたんだ」


 むしろ誤解して欲しかったと心の中で呻く。私が身分差を笠に着て、乃々歌ちゃんを虐めていると思ってくれていたらミッションは達成されたといっても過言じゃない。

 なのに、私が乃々歌ちゃんを庇ったと思われているなんて……最悪だよ。


「それと、そっちのキミも初めましてだ」

「初めまして。私は柊木 乃々歌って言います」

「これはご丁寧に。僕は月ノ宮 陸だよ、よろしくね。乃々歌さん。それと、そっちのお嬢さんの名前も教えてもらえるかな?」

「彼女は桜坂 澪さんです。私にアドバイスをくれた優しい人なんですよ」


 私が動揺しているあいだに優しい人にされてしまった。

 というか、ヒロインの社交能力が高い。


 このままでは、私も彼ら仲良しグループに入れられそうな雰囲気だ。

 ……いや、まだ挽回は聞くはずだよ。ここで家名を前面に押し出して、一般生を見下すような発言をすれば乃々歌ちゃんは打ちひしがれ、陸さんは幻滅してくれるだろう。

 そうすれば、私が悪役令嬢として進む方向に軌道修正が出来る。


「たしかに、わたくしは桜坂家の澪だけど――」

「――そうか、おまえは桜坂家のご令嬢だったのか」


 唐突に、背後から男の子の声が響いた。今度はなによ! と、振り返った私は目を見張った。そこにいたのは、いつかの桜花百貨店で、妹をお姫様抱っこして去っていった少年。

 どうして彼がここに……と困惑する私の横で、シャノンが破滅の言葉を呟いた。


「彼は雪城 琉煌ですよ。……まさか、知り合いなのですか?」


 頭が真っ白になった。

 聞かされたのはメイン攻略対象の名前。つまり、ヒロインとくっつけなくてはいけない相手。そして妹と仲良くするというイベントをこなすまで、塩対応で素っ気ないはずの相手。

 それが、どうして……


「どうした、そんなに驚いた顔をして。次に会ったときにお礼をすると言っただろ? そうそう、妹がおまえのことをいたく気に入ったみたいでな。また会いたいと言っていたぞ?」


 私は声にならない悲鳴を上げながら、必死になんでもない風を装った。

 でも、だけど……待って!

 メイン攻略対象の琉煌さんは、病弱な妹を大切にしている。だから、妹に気に入られないと、彼のルートに入ることは出来ない。妹に、気に入られないと――


 ああぁぁぁあぁぁっ! 妹って瑠璃ちゃんのこと!?


「再会を祝して、一曲お相手願えるか?」


 琉煌さんが優雅に手を差し出してきた。紛うことなきダンスのお誘いである。――って言うか、再会を祝してってダンスに誘うのは、陸さんが乃々歌ちゃんに言うセリフでしょ!

 それを、琉煌さんが悪役令嬢の私に言ってどうするのよ!


 声にならない悲鳴を上げて硬直する。それを拒絶と受け取ったのか、陸さんが私の前に立って「僕達の会話に割り込んで、いきなりダンスに誘うとはどういう了見だ?」と私を庇った。

 続いて――


「そうです、桜坂さんとは私達が話していたところなんですよ!」


 乃々歌ちゃんまで私を庇う始末である。って言うか、そうじゃないよ。そこは権力を振りかざす私をまえに、陸さんが乃々歌ちゃんを庇うところでしょ!

 私、権力をかざす方! 庇われるのはそっち!


「なるほど、話に割って入ったことは謝罪しよう。ただ、俺にとって彼女は恩人でね」

「……恩人だと?」

「ああ。妹が世話になったんだ。このお礼は次に会ったときにすると彼女と約束していた」


 琉煌さんの言葉の真意を問うように、陸さんと乃々歌ちゃんの視線が私に向けられる。

 たしかにそう言われたけど、私は二度と会わないつもりだった。というか、この状況でどう答えるのが正解なの? 私がどう答えれば、原作ストーリーに軌道修正できる?


 答えを出せずに沈黙する。後から考えれば、これが最大の失策だった。でも、私は答える言葉を持たず、沈黙した隙に琉煌さんが新たな言葉を付け加えた。


「雪城財閥の跡取りとして、受けた恩は必ず返さなくてはならない。仮にも月ノ宮の末席に名を連ねる者なら、俺の事情も理解してくれるだろう?」


 三大財閥の序列第一位、雪城財閥理事長の御曹司。その自分が恩を返そうとしているのだから、月ノ宮の、それも末席にしか過ぎない者が邪魔をするな――と、そう言っている。

 その言葉を聞いた瞬間、陸さんの目がすがめられた。


「権力を笠に人を従わせる。それがキミのやり方なのか?」

「どうとでも受け取るがいい。俺の目的は彼女への借りを返すことだ」

「キミは違うと思っていたけど、どうやら僕の買いかぶりだったようだね」


 特権階級と、それを嫌う陸さんの対立が始まった。

 あれ、もしかして、軌道修正できた? ……なんて、うん、冗談だよ。これでミッションは達成してますよね? なんて言ったら、間違いなく紫月お姉様に怒られる。

 というか、権力を使ってダンスに誘うのは悪役令嬢である私の役目である。


 もうむちゃくちゃだよ! なんか、色々と役目が入れ替わってるし……一体どうすれば、ここから軌道修正が出来るの?

 ……無理だ。ここから、軌道修正なんて、どうやっても不可能だ。


 ――いや、諦めちゃダメだ。

 いまの私は桜坂の娘。この程度で取り乱すことなんて許されない。それに、悪役令嬢となって妹を救うためには、この状況を乗り切って軌道修正するしか道はない。

 私の行動に妹の命が掛かっていることを忘れてはならない。


 大丈夫、落ち着けば大丈夫。

 私が乃々歌ちゃんの壁になって成長を促し、陸さんの特権階級への敵愾心を煽って乃々歌ちゃんとの結束を促し、その上で琉煌さんと乃々歌ちゃんが仲良くなるように軌道修正する。

 そんな奇跡の一手がきっと見つかる……見つかる、はず、だよ……っ!

 

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