エピソード 2ー15

 でも、ミッションのまえに自分のクセに気付けてよかったと思うべきだろう。私は気を取り直し、ヒロインはどこだろう――と視線を巡らせた。

 煌びやかな会場に、財界の子息子女が揃っている。私よりもずっと上品に振る舞う人もいれば、受験組とおぼしき普通の子供達もいる。


 私が探すのは、受験組の中に紛れているであろう訳ありの女の子。

 両親を事故で失い、親戚の家でお世話になっていた苦労人。財閥の理事長である祖父の目に留まり、一夜にして華麗なる転身を遂げたシンデレラ。周囲を注意よく見回すけれど見つからない。どこにいるんだろうと周囲を見回していると、シャノンが私の袖を引いた。


「……どうしたの、シャノン」

「ゆっくりと、右後方をご覧ください。並んでいるテーブルの右側手前です」


 私は何気ない仕草で振り返り、指定された辺りに視線を向ける。そこには、私の探し求めていた女の子、乃々歌ちゃんの姿があった。

 ただ、なんというか……


「澪お嬢様、彼女もこちらを見ているようなのですが……?」

「き、気のせいじゃないかしら?」

「でも、お嬢様に手を振っていませんか?」

「……き、きっと、近くに虫がいるのよ」


 必死に否定するが、シャノンの冷めた視線の追及には耐えきれなかった。


「ちゃんと突き放したはずなんだけどなぁ……」

「どう見ても、再会を喜ばれていますよ。あ、こっちに来ました」


 言葉通り、乃々歌ちゃんが嬉しそうに駆け寄ってくる。

 それを見た私は思わず目眩を覚えた。新入生歓迎パーティーでヒロインが接触するのは、攻略対象である陸さんだけだ。いきなり、その展開から外れてしまった。


 ……いや、落ち着こう。

 もっとも望ましい展開は、原作乙女ゲームのストーリー通りに話を進めることだ。でもそれが出来なければ即アウトという訳じゃない。要点さえ押さえれば役目は果たせる。

 可能な限り、ここから軌道修正を果たそう。そのためには、私がヒロインの側にいた方がいいと前向きに考え、駆け寄ってくる乃々歌ちゃんを出迎えた。


「入試以来ですね。たしか……柊木さんでしたね」

「嬉しいです。覚えていてくださったんですね、桜坂さん」

「……ええ、もちろんです」


 しまった、忘れている振りをした方がよかったかもしれない。でも、名字を呼んでしまったものは仕方がない。私は乃々歌ちゃんとの話を続ける。


「わたくし、貴女にキツいことを言ったはずなのだけど?」

「それは私のため、ですよね?」


 かなりきつめのことを言ったのだけど、彼女にとってはそれが助言に聞こえたらしい。そうして、帰ってすぐに礼儀作法を学んだとのこと。


 さすがヒロイン、ポジティブな性格だ。

 ……そういえば、以前よりも少しだけ所作が綺麗になっているね。私が必死に学んでいるあいだ、彼女も同じように学んでいたのかもしれない。

 そう思うと親しみを覚えてしまうけれど、ここで優しい言葉を掛ける訳にはいけない。


「少しは努力なさったようですけど、まだまだ未熟と言わざる得ませんわね。その程度の立ち居振る舞いで、他の方々に認めてもらえると思ったら大間違いですわよ」

「はい。桜坂さんを目標にがんばります!」


 打たれ強い。……というか、すっかり慕われてしまっている。でも、私を目標に成長してくれるのなら、目的を考えると問題ない……のかなぁ?

 ひとまず、彼女と陸さんを引き合わせ、陸さんと踊り、財閥特待生に対する敵愾心を煽るというミッションの達成に集中しよう。

 そう覚悟を決めた直後、男の子がやってきた。黒髪だけど、光に当たるとわずかに緑がかって見える髪の持ち主。シャノンが、彼が月ノ宮 陸だと耳打ちしてくれる。

 言われるまで気付かなかった。

 写真で確認したはずだけど、やっぱり直で見ると感じが違うね。

 そんな風に感心しながら、彼のプロフィールを思い返す。彼は大財閥の序列第二位、月ノ宮財閥の分家、日本で有数の電機メーカーの御曹司である。


 あっちからやってくるなんて、原作シナリオの強制力だったりするのかな? なんにしてもラッキーだ。ここから上手く原作通りに状況を軌道修正しよう。

 そう思って、彼が近付いてくるあいだに情報を思い返す。


 庶民から見れば大財閥のご子息だけど、月ノ宮財閥の中では末席に位置している。身分差を笠に着て無茶な要求を重ねる親戚に辟易している彼は、特権階級に敵愾心を抱いている。

 それゆえ、彼は財閥特待生としてではなく、一般生としてこの学園に通っている。だから、特権階級の権利を気ままに振りかざす悪役令嬢とは相性が最悪だ。


 そういう事情もあって、権力を笠に着た悪役令嬢がヒロインにイジワルをすると、積極的にヒロインにフォローを入れてくれる。

 それを利用して、二人が仲良くなるように仕向けるというのが最初の展開である。


「初めまして、僕は月ノ宮家の陸だ。実はキミと話したいと思っていたんだ」


 はあ? と喉元まで込み上げた言葉は必死に飲み込んだ。彼が声を掛けた相手が乃々歌ちゃんではなく、なぜか悪役令嬢の私だったからだ。

 動揺する内心を押し殺し「わたくしと貴方は初対面のはずだけど?」と返す。


「実は試験会場でキミ達のことを見かけてね」

 

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