エピソード 2ー14

 合格通知をもらった後も、入学に向けて努力を続ける日々が続く。私の成績――ステータス表記で数値が低い項目を集中的に底上げをしつつ、ダンスの練習も忘れずに受ける。


 そのあいだにも、雫や産みの親とは電話で連絡を取り合っている。

 両親は色々と心配していたけれど、お小遣いが月に百万であることを教えると、呆れつつも、里親から可愛がられていると安心したみたいだった。


 それから、私が実家にいると思っている雫は、そのことを疑っている様子はない。私がお見舞いに行けなくなったのは、病院が遠くなったからだと思っているようだ。

 ただ、寂しがってはいたので、もらったクレジットカードでパソコンなんかを注文した。機材が届いたら、雫とネット回線を使ったライブチャットでおしゃべりするつもりだ。


 そうして少しだけ月日は流れ、ついに入学式の当日となった。まずは一般的な学校と変わらない入学式がおこなわれ、その続きで新入生の歓迎パーティーが開催される。


 ちなみに、新入生の代表は琉煌さんだったらしい。

 らしいというのは、私の席からはちゃんと顔が見られなかったからだ。もちろん攻略対象の写真は見せてもらっているけれど、遠目に見ただけじゃ分からない。


 それより、彼が中等部から上がったメンバーであるにもかかわらず、成績の高い受験組を抑えての首席だという事実に驚いた。

 さすが筆頭攻略対象というだけ合ってハイスペックだ。そんな彼に釣り合うように努力をしなくちゃいけない乃々歌ちゃんは大変だね。

 ……なんて、その彼女の踏み台になる私も他人事じゃないんだけどね。


 なにはともあれ、入学式は無事に終わった。

 午後からはいよいよ、新入生の歓迎パーティーが始まる。それに先駆け、私は財閥特待生にのみ使用が許される一室を貸し切って着替えをおこなう。

 身に付けるのは背中が大きく開いた真っ赤なドレス。原作乙女ゲームで悪役令嬢が身に付けているドレスを、私に似合うように紫月お姉様がアレンジしたそうだ。

 そんな悪役令嬢の戦闘服を身に纏い、私はパーティーに挑む。


 目的は二つ。乃々歌ちゃんと陸さんの関係を焚きつけつつ、私が権力を振りかざして、陸さんの財閥特待生に対する敵愾心を煽りたてること。

 ついに、私の悪役令嬢としてのお仕事が本格的に始まる。


「おかしなところはないかしら?」

「もちろんです。悪役令嬢に相応しいお姿ですよ」


 会場の入り口前で、シャノンを相手に最終確認をおこなう。

 シャノンは私と同じようにドレスを纏っている。アメリカの大学を飛び級で卒業しているはずなのだけど、紫月お姉様の手足として蒼生学園に入学することになったらしい。

 実年齢については……まあ、深くは追及しない。


 とにもかくにも、身だしなみを整えた私はシャノンと共に会場に入ろうとする。

 そこに恭介さんが現れた。彼は一つ上の学年だけど、歓迎する側としてパーティーには参加するようだ。白を基調としたビシッとした礼服を身に着けている。


「恭介さん、ご無沙汰しております」


 これから頻繁に顔を合わすのか……なんて辟易した内心はおくびにも出さずに微笑んで、腰は曲げず、相手の目を見たままカーテシーをおこなった。

 いまだ百点にはほど遠いけど、以前の私とは雲泥の差があるはずだ。そんな私の挨拶をまえに、恭介さんは「少しは見られるようになったな」と呟く。


「……これからも精進いたしますわ。紫月お姉様に迷惑は掛けられませんもの」

「そうか、ならばあらためて釘を刺すまでもなかったな」

「釘、ですか?」

「そうだ。新入生の歓迎パーティーで問題を起こすなと、釘を刺すつもりだった」


 私は目を――逸らさなかった。でも、私は紫月お姉様の意思で、攻略対象とヒロインのお邪魔虫をする。問題を起こさないという約束が出来るかと言うと……少し苦しい。

 そんな内心が態度に表れてしまったのか、恭介さんが眉を寄せる。


「言っておくが、紫月の顔に泥を塗るつもりなら、俺は決しておまえを許さない」

「――恭介さん。わたくしが紫月お姉様の意思に反するなどあり得ませんわ」


 泥を塗るなという恭介さんに、お姉様の意思に反することはないと応じた。同じことを言っているようでその実、少しだけニュアンスが違っている。


 恭介さんはその差異に――気付いたのだろうか?

 少し考えるような素振りをして、私に向かって腕を差し出してきた。意味が分からなくて、だけど悪役令嬢らしく、どういうことかしら? と首を傾げる。


「会場までエスコートしてやろう」

「……光栄ですわ」


 口ではそう言いながら『胃が痛くなるので止めてください』と心の中で呻いた。でも断ることも出来なくて、私は彼の腕を取って会場入りを果たす。

 煌びやかな会場。

 シャンデリアのキラキラとした光が降り注ぐ会場を進めば、私達の行く先に道が出来る。私達――おそらくは恭介さんを見た人達が左右に寄って道を空けた。


 これが財界でも有力な家に生まれた者の力。私もまた、それに次ぐ力を手にしている。今更ながら、この力を使って悪役令嬢になることに恐怖を覚えた。

 だけど、私はこの力を使って立派な悪役令嬢にならなくてはいけない。


 そのためにも、この権力を使いこなさなくてはいけない。

 いまの私は悪役令嬢。自分が特別な存在だと思い上がっている高飛車な女の子。周囲の人間が、私に道を空けるのが当然だと振る舞わなくてはいけない。

 胸を張って、恭介さんのエスコートで会場の中を進む。


「ところで、おまえはこれからどうするつもりだ?」

「それは……」


 紫月お姉様から与えられたミッションに挑む――なんて言えるはずがない。だけど、目的がないと言って、このままエスコートされるとミッションに挑めない。

 どう答えようと迷っていると、恭介さんが小さく笑った。


「なるほど、紫月がおまえを義妹にしたのには、それなりの理由があるようだな」

「なんのことでしょう?」


 とっさにとぼけるけれど、恭介さんは笑って「誤魔化すのなら、考えるときに視線を斜め上に泳がせるのはやめることだな」と言って立ち去っていった。

 ……視線で気付くとか、怖い。

 

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