エピソード 2ー13
紫月お姉様は知っていた。全部知った上で、私が打ち明けるかどうか試していたのだ。もし隠していたら、その時点で見放されていたかもしれない。
あ、危なかったよぉ……
「そんな顔しないの。貴女なら打ち明けるって信じてたわ」
「でも、打ち明けなかったら、相応の対応をしていたんですよね……?」
「でも打ち明けたでしょう?」
否定してくれない。やっぱり、打ち明けなければ危ないところだったみたい。ほんとに気を付けよう。私が目指すのはただの悪役令嬢じゃなく、紫月お姉様にだけは従順な悪役令嬢だ。
「話を戻すわね。貴女には、乃々歌と陸が出会うように誘導してもらう。その上で、乃々歌の邪魔をして、陸とダンスを踊ってもらうわ。詳細はアプリを確認なさい」
言われて確認すると、詳細欄に原作の内容とおぼしきやりとりが書かれていた。
陸さんが乃々歌ちゃんをダンスに誘おうとすると悪役令嬢が割って入り、『家の未来を考えれば、どうするのが正解か分かるでしょ?』と圧力を掛け、自分と踊ることを強制する。
このやりとりを経て、陸はますます特権階級の連中に敵意を抱く。そして悪役令嬢と敵対することで、乃々歌ちゃんとの距離を縮めて行く――というのが、陸のストーリーのようだ。
「ここまででなにか質問はあるかしら?」
「……あります。悪役令嬢としての行動に、どのくらいの誤差は許されますか?」
「既に前提条件が崩れているから、作中のセリフを完璧に再現しろとは言わないわ。重要なのはイベントの要点を押さえ、ヒロインと攻略対象が仲良くなるように導くことよ」
「分かりました」
アプリのメモ欄を開いて、二人が仲良くなるように誘導して、陸さんの特権階級に対する敵意を抱かせると書き込む。そこでふとした疑問が浮かび上がった。
「ここにある特権階級ってなんのことですか? 陸さんも財閥の子息ですよね?」
「あぁ、それは蒼生学園における特権階級、財閥特待生のことよ」
「財閥特待生……ですか?」
聞き慣れない言葉に小首をかしげると、紫月お姉様がスマフォを操作する。その直後、私のスマフォに入っているアプリのデータが更新された。
NEWのマークがついた用語説明の欄を開くと、『一般生』『特待生』『財閥特待生』『雪月花』という四つの単語が追加されていた。私はそれを一つずつ確認していく。
一般生と特待生は私がよく知っている言葉の意味そのままだ。
それから聞き慣れない単語の方。財閥特待生は、蒼生学園におけるあらゆる設備の使用に対する優先権が与えられる生徒達のことらしい。
雪月花は日本三大財閥の雪城家、桜坂家、月ノ宮家の名前から命名されたグループの名前。
財閥特待生の中でも厳しい条件を満たす者だけで構成されるグループで、財閥特待生よりも上位の優先権を持ち、自分達にしか使えない施設も学園内に所有しているらしい。
「なんですか、これ。むちゃくちゃじゃないですか」
「むちゃくちゃって、何処が?」
紫月お姉様がコテリと首を傾けた。
「だって、あらゆる設備に対する優先権って……差別ですよね?」
「いいえ、区別よ。たしかに、雪月花や財閥特待生は優遇されているけど、支払う学費は一般生徒と比べて文字通り桁が違うわ。だからこその優遇処置なのよ」
「……なるほど」
サブスクリプションに、スタンダードコースとプレミアムコースがあるような感じ。支払い額によって、受けられるサービスの質が違うというのは、まぁ、理解はできる。
だけど――
「なんというか、すごく差別意識が増長されそうな制度ですね」
「まぁそうね。実際、その問題がストーリーにも関わってくるわよ」
あぁやっぱりそうなんだ。乃々歌ちゃんが試験会場で庶民と見下されていたのも、その辺のテーマと無関係ではないんだろう。
「もしかして、キャラクター同士が対立したりするんですか?」
「そうね。恭介兄さんは中立。月ノ宮 陸は平等よりで、雪城 琉煌はわたくしに近い考え。詳細はアプリに送信しておくから、必要になったら確認しておきなさい」
「分かりました。……ちなみに、私はどうなるんですか?」
「もちろん差別する側よ。ということで、貴方には雪月花に入ってもらうわ」
いや、そんな、ちょっと部活に入ってもらう、みたいなノリでいわれてもと泡を食う。
「雪月花のメンバーになれるのは、財閥特待生の中でも選ばれた人間だけなんですよね?」
「ええ。選ばれるのは一学期が始まってから。家柄はもちろん、成績や素行のよさも必要になってくるけど、一番重要なのは理事会で認められるかどうかよ」
「……理事会がメンバーを決めるんですか?」
「色々とあるのよ。将来的に未来を担う財閥の子息子女の集まりだからね。そんな訳で、養子であることを理由に難癖を付ける理事がいたけど、私が黙らせておいたから安心なさい。後は、貴方が学園で上手く立ち回れば、雪月花のメンバーに選ばれるはずよ」
「分かりました……って、黙らせたって、まさか札束で頬を引っぱたいたんですか?」
冗談半分、でも紫月お姉様ならやりそうだと思って口にする。でも、彼女は「なに馬鹿なことを言っているのよ?」と呆れた顔をした。
さすがに露骨な賄賂はなかった――
「いまどき、現金を手渡しなんてアナログなことをするはずないでしょ。隠し口座に振り込んでおしまいよ。そもそも、持ち歩けるような金額じゃないしね」
「……そうですか」
色々、想像を超えていた。もうなにも突っ込まない。
こうして、私は学園での最初のミッションクリアを目指しつつ、足りていないステータスを伸ばすために、家庭教師の先生から様々なことを学ぶ日々を続ける。
そんなある日、私の元に合格の通知が届けられた。
でも、私にそれを喜んでいる余裕はない。私の目標は立派な悪役令嬢になり、務めを果たして日本を金融危機から救い、その見返りに妹を助けてもらうこと。
私の試練はまだ始まったばかりだ。
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