エピソード 2ー7
「……は?」
思ってもないことを言われて瞬いた。そんな私を前で紫月お姉様はスマフォを取り出し、何処かに電話を掛けた。
「もしもし? 桜坂財閥の紫月ですが、理事長に繋いでくださるかしら?」
「……は、理事長?」
私が思わず声を零せば、紫月お姉様は私を見て人差し指を唇に当てた。それからほどなくして、スマフォから紫月お姉様に挨拶する声が聞こえてくる。
ずいぶんと下手に出ている感じだ。
「お久しぶりですね、理事長。今日はそちらの高校に寄付をさせていただきたくて電話を差し上げました。……え? ふふ、残念ですが、私は入学しませんわ」
え、寄付? と、この時点から嫌な予感が脳裏をよぎっていた。
そして紫月お姉様は、そんな私の予感を現実の物とする。
「ただ、私の妹がそちらの高校でお世話になる予定なんです。可愛い妹だから、最高の環境で授業を受けられるようにしてあげたくて。……ええ、そうです。それで寄付を」
紫月お姉様はそこまで口にすると、表情は変えずに声色だけを不安げに変えた。
「ただ、妹は面接が苦手で、それだけが心配なんです。……あら、そうですか? それではお願いいたします。ええ、もちろん、このご恩は忘れませんわ」
紫月お姉様は通話を切って、「面接の質問内容を送ってくれるって」と微笑んだ。
その瞬間、
「お、思いっ切り不正じゃないですか――っ!」
電話中は我慢していた突っ込みが私の口から飛び出した。
「心外ね。電話で言ったとおり、貴女が通う学校の設備を充実させるために寄付をしただけじゃない。それの何処が不正だって言うの?」
「だ、だって、面接の質問例を送ってもらうって……」
「ええ、そうよ。あくまで面接の質問例。過去問とか、何処にでも存在するでしょう? 毎年同じ内容を質問していたら、今年の質問内容と同じかもしれないけど」
「うわぁ……」
納得しちゃダメな気がする。そんな私の葛藤を見透かしたかのように、紫月お嬢様は「なら、面接の質問例は見ないようにする?」と問い掛けてきた。
そう問われて気付く。
これは、雫の命を賭けたミッションだ。ズルイからなんて理由で、妹の命を危険に晒すなんてあり得ない。悪役令嬢になると決めたときから、私の覚悟は決まっていたはずだ。
「すみません、届いたら私に見せてください」
「あら、不正は嫌だったんじゃないの?」
「……不正じゃないんですよね? それに私が未熟な以上、手段を選んではいられません」
本当なら小細工なんてしたくない。でも、これは私の能力不足が招いたことだ。目的を達成する能力もないのに、紫月お嬢様が差し伸べてくれた手を払いのけるのは愚かなことだ。
「ふふ、覚悟は決まったようね」
その言葉に息を呑んだ。
私はいまのいままで、出来るか出来ないかじゃなくて、やるしかないと思っていた。でもそれはつまり、出来ない可能性が高いと自覚していたと言うことに他ならない。
でも、雫の命が掛かっている以上、失敗は許されない。出来ない可能性が少しでもあるのなら、どんな手段を使っても出来るようにしなければいけなかった。
そして、ゲームではない現実のこの世界では、いくらでも裏技が使える。
今回のことで、紫月お姉様はそれを教えてくてた。
「ありがとうございます。更新後の目標は必ず達成してみせます」
「必要なら、試験の問題も取り寄せられるわよ?」
紫月お嬢様がそう言って小さく笑った。まるで、私のことを試しているかのようだ。少しだけ考えた私は、すぐに「いいえ、その必要はありません」と辞退した。
「あら、覚悟は決まったんじゃなかったの?」
からかうような口調。
これが試されているということはすぐに分かった。
「必要なら自らの手を汚す覚悟はあります。でも、更新された目標なら努力でなんとかなります。私が手を汚すのは、自分の力でどうにも出来ないときだけです」
「いい返事ね」
私の答えに、紫月お姉様は満足気に微笑んだ。
「それじゃ、肝が据わった貴女に次のミッションよ」
「……え?」
「恭介兄さんの提案で、貴女が桜坂家の養女に相応しいかどうか、私の両親が試験をすることになったことを覚えているわね? その試験の日取りが決まったわ」
忘れていた訳じゃない。両親との面会が入試よりも先にあるだろうことも予想していた。でも、まさかこんなタイミングでそのことを告げられるとは思ってもみなかった。。
しかも、この目標は変えられない。
両親から失格の烙印を捺されれば、雫を救うことが出来なくなる。
そう考えただけでも手の震えが止まらない。
「……ちなみに、認められなかった場合はどうなりますか?」
「少なくとも、悪役令嬢にはなれないわね」
予想通りの答え。だけど、そう……予想通りの答えだ。今回の一件に対する覚悟は既に出来ていたはずだ。動揺している理由は、このタイミングで言われたことに他ならない。
「紫月お姉様、さてはドSですね?」
「愚問ね。私の正体を忘れたの?」
「そう、でしたね」
私の目指している悪役令嬢のオリジナルが彼女だ。
目標は果てしなく高いけれど、私はその頂きにたどり着かなくてはいけない。
どれだけ不安でも、私は成功し続けるしかない。だから――と、私は震える手でスカートの端を握り締め、紫月お姉様に向かって無理矢理に笑顔を浮かべて見せた。
「必ず、ご両親に認められてみせます」
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