5.わたしが奴隷になった日。(新婚生活1日目)

 

 窓から差し込む朝陽を感じて、わたしは目を覚ました――

 「盗賊」だった頃の習慣から、今でも「奴隷わたし」の朝は早いのだ。


「…むにゃ…あぁ奴隷ちゃんのすごいよ…気持ちいぃ…むにゃ…zzZ」

「…うぅ…どんな夢見てんだよ、こいつ…っ//」


 わたしは上半身をひねると、横向きで寝るわたしの背中にぴったりと抱きついて熟睡する「ご主人様」の寝顔を見やる。幸せそうな表情しやがって……抱きまくらになってやってるわたしに感謝しろよな。


「…奴隷ちゃん…愛してる…zzZ」

「…………っ//」


 ふいに耳元でささやかれた言葉に、背中にぞくぞくっと気持ちいい痙攣が走る。

 寝言で自分の名前を呼ばれると……こいつがたまらなく愛おしくなる。寝ている時までわたしのこと想ってるのか、そう考えると胸の奥がぽかぽかする。


 ああ、けどこいつは朝寝坊する上に一度寝ると、声をかける・身体をゆする・顔をつっつく・腕に甘噛みする、何をやっても全然起きないんだよな。つまり、あと小一時間はこのまま抱きつかれた状態ってことだ……べ、別に嬉しくねえぞ? やれやれって感じだ。本当だぞ?


「……」


「……//」(もぞもぞ)


「……か、勘違いするなよ。これはただの寝返りだからな…//」


 わたしは再び上半身をひねると、そのまま身体の向きを変えて「ご主人様」の胸に顔をうずめた。頬を擦りよせると、鼻腔をいいにおいがくすぐっていく。ああ、こいつのにおい嗅ぐと心地良すぎて頭がボーッとする……。ふたりの足が絡まり合っていく肌の感触も身震いするほど気持ちいい……まるで足のつま先から背骨にかけて温かい血液が流れていく様に、身体の芯がじんわりと温かくなる……あぁ…身体がトロけそ…ぅ…――



 ◇ ◇ ◇



 ふと気づけば、わたしの意識は「蝶」の様にふわふわと浮いていた――

 幽霊になったらこんな感じなのかな~とぼんやり考えていると、どこからか喧騒が聞こえてくる。意識を向けた瞬間、真っ白の背景が「見慣れた森」へと塗り変わる。そこには――屈強な騎士達に取り押さえられる「自分の姿」があった。

 まだ盗賊だった頃のわたしが、あいつに出逢い「奴隷」になった日の情景――



 なるほど、つまりこれは「夢」だな!



 あの日、盗賊のわたしが仕掛けた罠に嵌って宙吊りになっていたのは――あいつだった。わるく思うなよ~と嬉々として荷物を物色していたわたしは……背後からのモンスターの襲撃に気づけなかった。脚を怪我したわたしを、あいつが背負って逃げてくれて。けど結局はモンスターから逃げ切れなくて。その窮地を救ってくれたのが「辺境騎士団」だったのだが……さも当然、盗賊のわたしは逮捕された。


 モンスターに襲われて足首を怪我したわたしは、両側に立つ辺境騎士団の男ふたりに両腕を掴まれて、吊り上げられる様に立っている。まるで壊れた人形みたいだ。その顔は渇いたように無表情で、仄暗い瞳は「死んだ魚の目」と言った感じだな……。


 わたしのように強盗罪を繰り返した盗賊は、捕まれば投獄は免れない。雑居房には性欲に飢えたクソ臭い男囚どもが詰め込まれていて、そんな所に年頃の女囚(わたし)が放り込まれれば……その恥辱は想像するだに背筋が凍る。この時のわたしは「つまんねー人生だったな…」と諦めきり、投獄される前に「舌でも噛むか…」とぼんやり考えていたと思う。


「どうしてもダメですか?」

「くどいぞ青年、この娘はここらの街道沿いを荒らし回る女盗賊だ。見逃すわけにはいかん」


 が少し離れた場所で、騎士団の隊長と思われる老兵に説得を続けている。

 この時のわたしは「どこまでお人好しなんだよ、お前は…」と少し呆れていたっけな……。


 わたし達をモンスターから助けてくれたこいつら「辺境騎士団」は、領内の治安維持を任された警察組織であり、わたしの様な「悪党」を捕まえるのが本来の仕事だ。奴らに盾突いたら、お前も公務執行妨害で捕まりかねないぞ……。

 お前との出逢いは最悪だったけどよ、泥だらけになって半日以上もモンスターから一緒に逃げ回った腐れ縁だ。せめて、お前ぐらいは逃げおおせてくれよ……。


 あいつが老兵に「俺が面倒をみる」「二度と悪事はさせない」「きっと更生させる」と懇願する声が聞こえる度に、なぜか胸が苦しくなった。

 もういいやめろよ、何でそこまでしてくれんだよ――


「諦めろ青年、これ以上の申し立ては罪になるぞ……」

「ぐぬぬ、この異世界は俺に厳しいなぁ……それなら俺にもがあるぞ!」


 その瞬間、周囲にいた騎士達にビリッと緊張が走り「血迷うなよ青年…」と数人が抜剣した。おいバカ、やめろよ。何する気だ、殺されるぞ、お前みたいな優男やさおとこが騎士と戦っても勝てるわけ――



「俺は……その娘を『調教テイミング』して、俺の「奴隷」にする!!」


 …………。

 いま、なんて言ったこいつ?



 ◇ ◇ ◇



 虚を突かれた発言に、辺りは静寂に包まれていた。

 あいつの言葉の意味するところが理解できず、わたしも騎士達も唖然としている。


「青年、何を言っているのかさっぱり――」

 隊長の老兵が疑問を口にしかけると、あいつは片手を静かに掲げた。


「俺には、ある御方めがみさまから『奴隷調教師テイマー』という支配権限チートが与えられている。

 もし俺がこの権限に基づき『強権条項チートスキル調教テイミング』を発令した場合……

 俺が執り行う「奴隷売買」に係る法的処理は、即座に完了することができる」


 あいつは毅然と説明を述べると――

 紋様を描くように指先で空気に触れて、魔法陣の『紋印章』を呈示した。

 『紋印章』ってのは、権威ある個人・官職がその権限や責任を証明するものとして公私の文書に刻む魔法証跡のことだ。

 ハッタリじゃねえ……こいつには支配権限がある。


「何だと…」

「まさかっ」

「そんなことが…」

 少なからず騎士達にざわめきが広がる。

 それらの動揺を抑えようと、老兵がひとつ咳払いをした。


「ふむ。君が支配階級特権の奴隷商認可を分譲されているとは、確かに驚きだ。

 だが、それが一体何だというのだ?

 この盗賊を奴隷にしたところで何の意味がある?」


「意味ならあるさ。すごく残酷な話だが……

 奴隷は『生命ある道具』と呼ばれ、所有者の全的支配に服し、

 労働を強制され、譲渡・売買の対象として取り扱われる。

 奴隷には『人間』としての名誉・権利・自由すら認められない。

 そして、それ故に奴隷は――資産も、戸籍も、職業も、経歴も

 その全てが剥奪されるからだっ!!」


 今度こそ、騎士達に大きなどよめきが沸き起こる。


「まさか、君は――!?」


「ああそうだ。俺がこの娘を『奴隷』として、俺の「所有物アイテム」にすることで、

 この娘は

 これであなた達の呈示した「盗賊の少女」に対する逮捕状は失効した。

 俺は絶対に、あなた達にこの娘は渡さない!!」



 ◇ ◇ ◇



「その盗賊を奴隷にして無罪放免にするだと……」

「人間を所有物アイテム扱いするとは非道なり、見損なったぞ青年!」

「そこまでして、その娘を守りたいのか……」

「これは法の悪用だ、そんなことが認められてたまるか!」


 あいつの説明を聞いて、騎士達の間では動揺・憤慨・同情の入り混じる奇妙な「どよめき」に沸騰していた。


 一方、あいつは何かに立ち向かうように毅然とした態度を崩さない。

 けど、よく見るとその手はわずかに震えていた。

 わたしのために勇気を奮うあいつの姿に――なぜかわたしの胸は高鳴った。


「静まらんかっ!」

 老兵の声が、周囲に重く響き渡る。


「ならば問うが……君の所有物アイテムである「奴隷」が罪を犯した場合、

 その法的責任は「奴隷」の所有者である……君が負うのだな?」


 これは司法取引だ――と、わたしは直感した。

 異なる罪状による別件逮捕を示唆して、わたしの奴隷化処理を取り消させるって魂胆に違いない。さすがに場数を踏んできた隊長さんは悪知恵も働くってことか、くそっ汚ねぇぞ、あいつに罪は無いだろうが――


「もちろん、その時は俺が責任を負うよ」


 平然と即答したあいつの言葉に――わたしも騎士達も呆気に取られる。

 「奴隷」ってのは、言ってしまえば「使い捨ての道具」に過ぎない。

 奴隷の過労死は珍しくもなく、弱れば捨て、孕めば売り、逆らえば殺す――

 それが常識的な「奴隷」の使い方のはずだ。

 そんな「奴隷」を守るために、所有者の「主人」が代わりに罪を償うだと……?


「――と言っても、俺はその娘にもうあやまちを犯させる気はないけどな」


 あいつはそう宣言しながら微笑むと、ゆっくりと歩き始めた。

 騎士達は静まり返ったまま微動だにせず、あいつの足取りに視線を集める。

 その歩みの先にいるのは――わたしだった。


「実を言うと、俺がこの『強権条項チートスキル調教テイミング』を授与されたのは

 最近のことだ。しかも俺の故郷には「奴隷制度」が存在しない。

 だから俺には「奴隷」との接し方や取扱いが、よく分からないんだよな……」


 あいつはわたしの眼前まで来ると、わたしの瞳を見つめる。

 そして優しく微笑みかけながら……なぜか頬を赤くした。あん、何だよ?


「けど、もし『奴隷』と『主人』というものが――

 互いの支配えいきょうを尊重し、互いに労働を求め、名誉・権利・自由を

 個人ではなく「ふたりのもの」として認識する事であれば……

 それは俺の故郷だと『結婚』が最も似てるのかなって思う……っ//」


「……っ!?//」


 な、何を言い出すんだよっコイツは……!?

 その時だった。わたしの両側にいた騎士達が「がんばれよ」とつぶやくと(何をだよっ//)、わたしの両腕を離したのだ。足首を怪我して、騎士達に掴まれた両腕を支えに立っていたわたしは――あいつの胸元に倒れ込み、優しく抱きとめられてしまった……うぐぐっ//


「出逢ったばかりの俺を命懸けで助けてくれた優しさも、

 根は優しいのに悪ぶる不器用なとこも、

 君のことを知れば知るほど……とても愛おしく思ったんだ。

 だから俺は君を幸せにしたい、寄り添いながら道を正し、一緒に苦楽を共にし、

 どんな窮地に陥ろうとも支えたいと真剣に思っている。

 だから、その――」


 あいつは意を決した様にわたしの両肩をぐっと掴むと、

 強い眼差しを向けてくる――



「俺と結婚して、俺だけの『奴隷』になってほしい」

「~~~っ///」



 喉に何か詰まったように、まったく言葉が出せなかった――

 な、何だよこれ、息苦しいけど気持ちいい……優しくて温かいものが胸いっぱいに満ち溢れてくる――



「これは法の悪用であり、到底認められん行為だ……が。

 その娘の累犯に死傷罪がない事、その青年の人命救助に貢献した事、

 良き誠実な伴侶が保護監察ならびに更生指導に努めると約束した事、

 以上を考慮して……此度は放免とする」


 すっかり毒気を抜かれた老兵が、溜息まじりに逮捕状をザリッと引き裂いた。

 その瞬間、静観していた騎士達から「うまい事やりやがって」「お幸せになぁ色男」「二度と捕まるなよ」「次はねぇぞ」と祝福と罵声が飛び交う。どいつもこいつも底抜けのお人好しだな……。


 あいつの指先がわたしの頬をそっと撫でた時――

 わたしは、自分が涙を零している事にやっと気づいた。



 ◇ ◇ ◇



 わたしの意識は「蝶」の様にふわふわと浮きながら、その光景を眺めていた――


 「この時のわたし」は頬を滴る涙をぬぐいながら――

 びくびくと震えていたのを覚えている――


 心を満たす温もりが恐かったんだよな――

 この幸せを知ったら、もう孤独には戻れないから――

 あいつに捨てられたらどうしようって、恐かったんだよな――


 ああ、教えてやりたいぜ――

 「今のわたし」がどんだけ幸せかってな――



 ◇ ◇ ◇



 おでこに温かいものが触れるくすぐったさで、わたしは目を覚ました――

 鼻腔にあいつのいい匂いが香る。ああ、あいつの胸元に頬を擦りよせたまま二度寝してしまったらしい。身体の四肢がぽかぽかとぬくいのは、あいつの手足と絡まってるからだな……んあぁ気持ちいぃ……三度寝しようかな……。

 まぶたをうっすらと開けると――あいつの顔がすぐ近くにあった。

 やめろよ……ドキッとするだろ……。


「……何かしたか?//」

「うん。奴隷ちゃんのおでこに『おはよう』のチュウ♪」

「…うぅ…もっと普通に起こせよなぁ…//」


 同棲を始めた最初の頃は、わたしの『盗賊スキル:危険感知』が敏感すぎて、こいつの寝返りにも反応してすぐに目が覚めちまったものだが……最近では、こいつに寝込みを襲われるほどにトロくなっちまった。

 くそぅ不覚だぜ……でこチュウか……ちぇっ……あっ。


「いま……動いた……っ」

「え、ほんとっ!?」


 わたしの膨らみ始めたお腹を、あいつが優しく撫でる――

 わたしが「ぽこぽこした」と説明すると、あいつが「わからないよぉ…」と喜んでくれた。

 にししっ、残念だったな~これは母親の特権だもんね。



 わたしが「盗賊」から「奴隷」に調教テイミングされてから「×××日目」の朝。

 最愛の「ご主人様」と一緒に起きて、お互いに「おはよう」を伝えあう。

 そんないつもの「幸せな時間」から、今日が始まった――



<完>

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盗賊少女を「奴隷」にしたら嫁になった!? 書記係K君 @key-kun

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