第18話 みんながいたから

 トイレ掃除もいよいよラストスパート!

 ブラシを使って、便器の汚れをこする。

 汚れがなくなってきたら、水で洗い流して。

 もちろん便器のフタや、金具もキレイに拭き上げる。

 びちゃびちゃになってしまった床もデッキブラシでしっかりゴシゴシ。

 濡れた床をモップで拭いたら、今度は鏡をみがく。

 最後にトイレットペーパーをそれぞれの個室に補充すれば……

「すごい! 学校のトイレってこんなにキレイになるんだ!」

 四年生の女の子が感動の声を上げた。

「取れない汚れは、あとで先生が強い洗剤を使ってくれるって。これでおしまい――」

「あっ! 待って、道具の手入れもしないと!」

 トイレ掃除はまだ終わりじゃない。

 道具をしっかりキレイにして乾燥させないと、バイ菌が繁殖してあのイヤ~なニオイのもとになっちゃう!

「あともうちょっと! 頑張ろう!」

「オー!」

 もう学年なんか関係なく、私たちはすっかり意気投合していた。

 みんなトイレ掃除に興味なんてないのでは? そんな風に思ってたけど、それは私の勝手な思いこみだったんだ。

 勇気をだして、みんなに呼びかけてよかった。みんなが来てくれて、よかった。

「よし、こんなものかな……あっ、山本先生!」

 ちょうどトイレの前を担任の山本先生が通りかかった。

 女子トイレを男の堀口先生に見せるわけにはいかないもんね。

 ちゃんと掃除できてるか見てほしいと言うと、山本先生はそろりとトイレをのぞいた。

「わあ! すごいね、みんな!」

「はい、みんながんばりました!」

「先生、正直言ってここまでちゃんとやってくれるなんて思わなかったわ」

 私たちは顔を見合わせて笑いあった。

「よし、私、他の階も手伝ってきます!」

「あ、待って汐里ちゃん! 私も行く!」

 佐藤さんがそう言うと、三年と四年の子もついてきてくれた。

 三人とも、全然イヤイヤって感じじゃなくて。

 私はそれがすっごくうれしくて、なんだか泣きそうになってしまった。


◇ ◇ ◇


「――えー、全部のトイレがキレイになったので、今日はこれで解散です! みんな、おつかれさまでした!」

 みんなが集まる廊下で、先生がそう言うと、誰からともなく拍手が起こった。

 廊下を見れば必ずいたケガレ鬼は、ひっそりと姿を消したみたいだった。

「じゃあ、最後に今日掃除しようって言ってくれた船橋さんからなにか一言」

「――……えっ!?」

 そ、そんなのあるなんて聞いてない……!

 みんなに注目されて、私は顔が真っ赤になるのがわかった。

「え、えっと、えっと……その――急だったのに、みんな、集まってくれて、うれしかったです! 本当にありがとうございましたっ!」

 ばっとおじぎをすると、またパチパチと拍手が起こった。

 うう、こういうのあるってわかってたら、もっとちゃんと用意できたのに。

「よかったよ、船橋さん」

「うん。すごくよかった」

 野中先パイと佐藤さんがそう言ってくれて、ちょっと安心。

 それから堀口先生のあいさつがいくつかあり、私たち美化委員は下校することになった。

 カバンをとって、みんなが帰っていくのをそれとなく玄関で見送る。

 なんだか、よどんだ空気が全部外に出ていったような感じ。

 爽やかな風が校舎を吹き抜けていく。

(みんな、もういなくなったかな)

 私は一人、再び校舎に戻った。

 足音一つが職員室まで聞こえちゃうんじゃないかってくらい、学校は静かで。

 そろそろと階段を上って、私は踊り場の鏡の前までやってきた。

 ひたりと指先を鏡に触れると、冷たい感触が伝わってくる。

 鏡の中の私は、妙に緊張した顔をしていた。

「よし」

 意を決して、私はウロコのペンダントを握った。


「――大綿津見神よ。我を水の国に迎え入れ給え!」


 ……チャプ……チャプ……

 どこからともなく聞こえてくる、水の音。

 最初にこれを聞いた時、すっごく怖かったけど、今はもう違う。

 ゴボ……ゴボゴボ……

 泡が立ち上っていく音がして、鏡の中景色が変わる。

 その様子は、前に見たときよりずっと明るく見えるような気がした。

「えいっ!」

 私はそのまま、鏡の中に飛びこんで――


ゴツンッ!!


「いっ……ったぁーい!」

 なにかにぶつかった感触に、思わず頭をおさえてうずくまる。

 あれ、もしかして、鏡の中に入れなかった!?

「……おっまえ……石頭すぎる……」

「――洋治くん!」

 顔をあげると、私と同じように頭をおさえてうずくまっている洋治くんの姿があった。

 洋治くんとちょうど同じタイミングで行き来しようとしてぶつかったんだ。

 私はいつもと変わりない洋治くんを見た瞬間、じわりと涙が浮かんで……。

 涙はそのまま、水の中に溶けてなくなっていった。

「洋治くん! 大丈夫だった? ケガレ鬼、ちょっとは減ったかな!? ミクさんは――」

「落ち着け」

 ぺん、と額にデコピンされた。

 最初に溺れかけた時、額をたたかれたのとちょっと似てたかも。

「ケガレ鬼の軍勢は、ひとまず落ち着いた。おまえがやったのか?」

「私が……っていうか、美化委員のみんながね、すっごくがんばってくれたの! 野中先パイに佐藤さん、他のみんなも一生懸命お掃除してくれてね……」

「そうか」洋治くんは嬉しそうにほほ笑んだ。

 みんなは、ここに水の国があることなんて知らないけど……みんなが洋治くんの笑顔を取りもどしてくれたんだ、私はそう思った。

「姉さんも会いたがってる。行こう」

「うん……あっ、待って、置いてかないで!」

 相変わらず水の中じゃのろのろと歩くことしかできない私を見て、洋治くんはくすりと笑った。

 どーせまた、カエルアンコウみたいとか思ってるんだ。

 でも、いいもん。泳げなくても、私にできることはあるってわかったんだから。

「ほら」

 洋治くんはそう言って、手をさしだした。

 最初のころは無理やり引っぱられたっけ。

 あれから全然たってないのに、すっかり昔のことみたい。

 ちょっと照れくさかったけど、私は洋治くんの手を取って、水の中を一緒に歩いた。

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