第16話 最初のペンギン

「ファーストペンギン……? 最初のペンギン?」

 野中先パイが言った言葉に、私は首をかしげた。

 前に洋治くんが言ってたのと、同じ言葉だ。

「そう。知ってるかな?」

「群れでエサを取る時、ドジって最初に落ちちゃうペンギンのことですよね?」

「あはは。まあそうなんだけどね」

 夕日に照らされて、池と魚たちのウロコがキラキラ輝いている。

「外国では、『勇気をもって最初に行動する人』って意味で使われるんだって。どこに天敵のアザラシがいるかもわからない海に、勇気を持ってたった一羽で飛びこんでいくペンギンに例えているんだ。僕はね、汐里ちゃんと帆崎くんがそういう風に見えたんだ」

 野中先パイは照れくさそうに言って笑った。

 ……私のことを『最初のペンギン』って言った洋治くんは、何を思ってたんだろう。

 認めてくれた? 信じてくれた?

 たとえそうでも、私自身が自分を認められない!

 だって、美化委員をがんばっていたのは、いつだって洋治くんや野中先パイだった。

「……汐里ちゃん? どうしたの? 泣いてるの?」

「ごめんなさい! なんでもないんです」

 私は服のそでで無理やり涙をぬぐった。

 泣いてる場合じゃない!

 私は、私にできることをやらなくっちゃ!

「野中先パイ! 私、『わだつみ小を最高にキレイに』したいんです!」

 そう言って立ち上がると、野中先パイも立ち上がった。

「じゃあ、がんばんないとね!」

「はい! がんばります!」

 洋治くん、待っててね。

 洋治くんが楽しいって言ってくれたこの学校を、最高にキレイにしてみせるから!


◇ ◇ ◇


 ゴールデンウィーク明け。

 朝一番に学校に来たけど、洋治くんはいなかった。

 きっとまだ水の国でケガレ鬼の軍勢と戦っているんだ。

 教室から廊下に出ると、パタパタとこちらに向かってくる足音が聞こえた。

「汐里ちゃん!」

「野中先パイ! それに、佐藤さんも!」

 二人ともおはようと言って、私の前に立った。

「野中くんから聞いたよ。新しい場所のお掃除するんだって?」

 そう。私と野中先パイは休日の間に、わだつみ小のお掃除計画を立てていた。

 美化委員のみんなにも、できれば協力してほしいけど……場所が場所だ。

 だからまず、先生に相談しなくっちゃ。

 そう思って朝の会が始まる前に二人で職員室に行こうって約束してたけど、まさか佐藤さんも来てくれるなんて思わなかったな。

「佐藤さんも僕たちに協力してくれるって」

「本当ですか!?」

「うん。私も学校はキレイな方がいいもん。それに……」

 佐藤さんは野中先パイをちらっと見て、またうつむいた。

 野中先パイはきょとんと目を瞬かせている。

 私は、その姿がなんとなく自分と重なって、顔が熱くなった。

「と、とにかく! 職員室に行きましょ!」

 佐藤さんのその言葉で、私たちは職員室へと向かった。


「美化強化月間延長戦?」

 私たちの言葉に、堀口先生は首をかしげた。

「私、どうしても『不浄』……じゃないや、おトイレを掃除したいんです!」

 この学校で最も大きな『不浄』、それがトイレ!

 わだつみ小のトイレはくさい、汚い、暗い、こわい……もう散々な言われよう。

「トイレが汚いのが原因で、トイレに行くのをがまんしてる子もいるんですよ」

 佐藤さんの言うとおり、私のクラスの、特に女子はトイレを使いたがらない。

 男子も同じ。それでもガマンできなくてトイレの個室を使うと、からかわれたりして、またトイレをがまんしてしまう。

 そうしてみんなが寄りつかなくなったトイレが『不浄』になって、ケガレ鬼が出る。

 この悪循環を止めるには、みんなが気持ちよく使えるトイレにしなきゃ!

「ゼッタイこのままにしておいちゃダメだと思うんです!」

「お金がなくてお掃除の人が呼べないなら、私たちがなんとかしないと!」

「うーん……まあ、そこまで言うなら先生も協力するよ」

 堀口先生は苦笑い混じりに言った。

 私たちは嬉しくて、顔を見合わせた。

「それじゃあ次の集会にでも――」

「今日! なんなら今すぐ!」

「えっ、今すぐ?」

 堀口先生だけじゃなく、野中先パイも佐藤さんも、びっくりして私を見た。

「えっと……なにか理由が?」

 みんなからの視線に、私はなにか言おうと思ったけど。

 水の国が大変だからなんて、言えるわけない!

 なんでもいいから、言い訳を考えておくべきだった……!

 モゴモゴと口を動かすことしかできない私に、先生はフーっとため息をついた。

「じゃあ、先生から一つお願いがあるんだけど――」


◇ ◇ ◇


『あ、あー。みなさん、聞こえますか? 五年一組、美化委員の船橋汐里です。お昼の音楽の時間ですが、少しお話をさせてください』

 心臓がバクバク言ってる。紙をもつ手が震える。

 隣に座っているやよいちゃんが、ぽんと背中をたたいてくれた。

 私はそんなやよいちゃんに励まされて、深呼吸をしてマイクに向き直った。

『美化委員のみなさんにお願いがあります。今日の放課後から、美化強化月間延長戦ということで、トイレ掃除を行います。本来の活動内容とは違うことなので、自由参加です。協力してくれる人は放課後、三年一組に集まってください。よろしくお願いしましゅ』

 放送委員のやよいちゃんがマイクを切った。

 続けて給食の時に放送委員がかける音楽が流れ出す。

 ――最後の最後でかんだ。全校生徒が聞いてる放送で。もう、サイアク……。

 心臓はまだうるさく鳴ってるし、顔はあっついし!

 もう、イスから転げ落ちそうなくらい、緊張でどうにかなりそうだった。

「汐里ちゃん! おつかれさま。大丈夫?」

「大丈夫じゃない……オエって感じ……」

「人前に立つのすっごく苦手なのに、がんばったね」

「……うん」

 実際は目の前に人がいたわけじゃないけど。

 大勢の人の前で話すのって、本当に、本当に、ほんっとーに苦手!

 でも、私がやらなきゃいけないことは、まだ残っているのだ。


「それじゃあ、汐里ちゃん。お願いね」

「はひ」

 そう――やらなきゃいけないこと。

 放課後の三年一組に集まってくれた美化委員のみんな。

 みんなに、今回の美化強化月間延長戦の発案者として、あいさつをしなくちゃいけない。

 あおぞら池のお掃除の提案をした時は、こういうの全部洋治くんが、やってくれた。

 けど、今は……。

 私は服の上から、ウロコのペンダントを握りしめた。

「――五年一組、船橋汐里ですっ!」

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