第15話 水の国の危機
洋治くん、ミクさん、なにがあったの?
私はそれを聞くために、学校の門に張られたロープをくぐった。
「玄関……開かない!」
職員室には誰かいそうだけど……先生に『なんで学校に来たの?』って聞かれて、答えられる自信はなかった。
『昔はこの池からも、水の国と行き来ができたらしい』
洋治くんの言葉を思い出して、はっと顔を上げる。
キレイになった今のあおぞら池なら、もしかして……!
あおぞら池がある方へ走ると、風もないのにゆらゆらと水面がゆれているのが見えた。
「タイショー、洋治くん来なかった!?」
鯉のタイショーと金魚たちがこっちを見て、口をぱくぱく動かしている。
エサが欲しいだけかもしれないけど……ううん、今は行ってみるしかない!
だって洋治くんもミクさんも、ただごとじゃない顔してたもん!
「――大綿津見神よ、我を水の国へ迎え入れ給え!」
私はウロコのペンダントを服の上からにぎりしめてそう叫んだ。
あっ、でもここが扉になっちゃったら、タイショーたちも巻き込まれちゃうかな……?
でも水の国はシーラカンスとアロワナが一緒に泳げるくらいだし……もし巻きこまれてしまったら、その時は一緒に帰ってこよう。
あおぞら池はざぶざぶと波うって、池のフチに当たった水しぶきがぴしゃりと跳ねた。
「えいっ」
私は意を決してぎゅっと目をつむると、水の中に飛びこんだ!
掃除をするために入ったあおぞら池は水を張ってもせいぜい膝より少し上くらいの高さだったはずだけど、いつまでたっても足がつかない。
「汐里ちゃんっ」
その言葉に目と口を開けると、ごぼっと大きな空気の泡が口からもれ出た。
「――ミクさんっ!」
「お久しぶりね、汐里ちゃん。洋治を追いかけて来てくれたのね」
水中で体勢をととのえられない私の腕をつかんで、ミクさんは水底に立たせてくれた。
その顔は笑っているのに、なんだか泣きそうで。
私もそんなミクさんを見て、鼻の奥がツンと痛んだ。
「どうしたんですか? 何があったんですか?」
そう聞いても、ミクさんは黙ったまま。
よく周りを見れば、他にも魚や水の中の生き物が集まっているみたいだった。
タイショーたちは見当たらないから、巻きこまれなかったみたい。
「……それじゃあ、一緒に今の水の国を見に行きましょう」
ミクさんはそう言うとウミガメの背中をたたいた。
名前はタロちゃんだっけ。
タロちゃんは私たちを背中に乗せると、ゆっくりと洞窟の外に向かって泳ぎだす。
その間、ミクさんは一言も喋らなかった。
薄暗い洞窟を抜けると、開けた視界に水の国が広がっている。
「ああっ、洋治くん!」
洋治くんは龍の姿になって、ずっと上の方を飛び回っていた。
黒い霧を散らすように、必死になっているように見える。
あれは……ケガレ鬼の軍勢だ!
目をこらせば、宮殿が半分ほどなくなっているように見える。
私は思わず、口元をおさえた。
「どうして? あおぞら池をキレイにすれば、少しはよくなるって――!」
「ケガレ鬼は、なにもわだつみ小の扉からだけやってくるわけではないから……他の扉からどんどん入ってきちゃってるのねぇ」
「そんな! じゃあ、もっともっと『不浄』をキレイにしないと……」
「汐里ちゃん。『不浄』とケガレ鬼は、汚れた場所からやってくるバイ菌のようなものだけではないのよ」
「えっ?」
だって、汚れている場所からケガレ鬼が出てくるんでしょ?
「ケガレ鬼はね、人の心からも生まれるの」
「人の……心?」
「汐里ちゃんは、池をキレイにする時、どう思ってた?」
「そりゃあ、がんばってキレイにしようって……」
「じゃあ掃除をする前は?」
「汚い池だなとか、誰かキレイにしてくれないかな、とか……?」
「そういう気持ちの違いで、ケガレ鬼は生まれたりいなくなったりするのよ」
気持ちがケガレ鬼を生む……私は、はっと顔を上げた。
――あおぞら池のまわりの雑草。
あそこにたくさんケガレ鬼がついていたのは、誰かが「汚い」って思ってたから……。
洋治くんが遠くで、宮殿をおそうケガレ鬼を一生懸命散らそうとしているのが見える。
最初の頃、洋治くんが怒っていた理由が、この時ようやく理解できた気がした。
お掃除なんてしなくたって誰かがやるだろうって気持ちが、ケガレ鬼を生んでいたのなら……洋治くんは、怒って当然なのだ。
水中でも息ができるはずなのに、今は息苦しくてたまらなかった。
「ミクさん! このままだと、どうなっちゃうんですか!?」
「そうね~……洋治はね、水の国に一番近いわだつみ小を、キレイにする役目があるの」
「はい、だから洋治くんは美化委員に……」
「違うわ。わだつみ小をまっさらにしてしまうの。キレイさっぱり、この世からなくしてしまうってことなのよ」
きれいさっぱり、この世からなくす?
いきなりスケールが大きすぎて、言ってることの意味が全然わかんないよ……。
「洋治はね、神さまの力でわだつみ小を壊すのなんてゼッタイしちゃいけないことだって言っていたわ。だから人の力で、わだつみ小をキレイにすることを選んだの」
空を飛ぶように泳ぐ龍の姿をした洋治くんを見つめた。
みんなが掃除をサボって怒っていた洋治くん。でもみんなが掃除に来てくれて嬉しそうにしていた。学校が楽しいって言ってくれた。
「洋治くん、言ってました。わだつみ小を最高にキレイにする、って」
最初に洋治くんが言っていた言葉だ。
あの時から洋治くんは、わだつみ小に消えてほしくなんてなかったんだ。
「私、帰ります! 帰って、わだつみ小を最高にキレイにします!」
そうだ、まだ間に合うはず。
あおぞら池の掃除をやりとげてくれたみんなの気持ちは、きっと前とは違うはず!
「私――美化委員だから!」
◇ ◇ ◇
――バシャンッ!
目をぱちぱち瞬かせる。もどってきたんだ。
足元がぬれてすっかりびしょびしょ。
私は池の真ん中に立っていて、タイショーが心配そうに見上げていた。
「ごめんっ。みんないる? 大丈夫?」
金魚の数を数える。よかった、水の国には行ってないみたい。
私は池から上がると、靴や靴下を脱いで水をしぼった。
「あれ――汐里ちゃん?」
はっと顔を上げる。先生だったら怒られる――そう思ったけど。
「野中先パイ!」
エコバッグを片手にぶら下げた野中先パイが校門に張られたロープをひょいと乗り越えてやってきて、心配そうに私のそばにしゃがみこんだ。
野中先パイは何か言いたそうだったけど、何も言わなかった。
「僕、おつかいの帰りなんだ。途中まで一緒に帰ろう」
何も言わず、ハンカチを差し出す野中先パイを見て、急に泣きだしそうになった。
「池、キレイになったから落ちても大丈夫だね」
「はい……」
「それも、汐里ちゃんと帆崎くんが、ファーストペンギンになってくれたおかげだね」
野中先パイはそう言って笑った。
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