第14話 水族館
「オレ、船橋旭。よろしくー」
「帆崎洋治だ。よろしく」
「じゃあ、行こっか」
電車が来るのを待つ間、洋治くんと弟の旭が自己紹介をすませた。
結局、二人だけで行くのってなんかいたたまれなくって、旭も一緒に連れてくることにしちゃった。
迷惑だったらどうしようかなって思ったけど、男の子同士だからか、二人はすっかり仲良くなったみたいでほっとする。
ゴールデンウィークだからだろう、人でぎゅうぎゅうの電車に私たちは乗り込んだ。
「みなみアクアランド、とうちゃーく!」
「コラ旭! 待ちなさい!」
走りだそうとする旭のパーカーのフードをひっつかむ。
旭は「ぐえっ」って言いながら、なんとかその場にとどまった。
「いい? はぐれたらどうするんだっけ?」
「インフォメーションセンター前に集合! もしくは、迷子の呼びだし!」
「よろしい」
「イェーイ! オレ、先に熱帯コーナー見てくるー!」
「あっ……そーじゃなくて! もう!」
旭が順路を無視して走っていく。
もうこれってはぐれたってことじゃん! はぐれた時の約束、全然意味ないじゃん!
子ども用の携帯電話を持ってるから大丈夫だとは思うけど。
はあ、とため息をついてる間に、洋治くんもどこかに行ってしまっている。
「男の子って……!」
頭をかかえながら洋治くんを探したけど、すぐに見つかった。
水族館の入り口に一番近い所にある大きなパノラマ水槽の前に立っている。
でも、そのようすが普通じゃないことはすぐにわかった。
お客さんたちがザワザワしている。
理由は、洋治くんの前に、水槽の中のおサカナが全部集まってるから……。
「……あの、洋治くん? もしかしてお話し中?」
「うん」
「お客さんたちびっくりしてるから、いっぺんに話すのはやめた方が……」
私がそう言うと、言葉が通じたのか、何匹かの魚が残ってあとは散りぢりに泳いでいった。他のお客さんたちのどよめきがおさまっていく。
一匹のカメがこちらにやってきて、洋治くんの前にじっと留まった。
「……おまえ、三年の時にここでずっこけて、水槽に顔面ぶつけて鼻血出したって?」
「えっ!? な、な、なんで知ってるの!?」
「コイツが汐里のことを覚えてるって言ってる」
「ちょっ……カメさん! なんでそんなこと覚えてるの!」
私が顔を真っ赤にすると、ウミガメは私をからかうようにその場で宙返りした。
同じように水槽の前にいたお客さんたちが、オオーって声をあげている。
熱をさますように顔を手であおぎながら、去っていくウミガメを見送った。
他にもそうやって、何匹かずつ魚がやってきては、去っていく。
洋治くんは、魚とどんな話してるんだろう。
気になってドキドキしたけど、聞けなかった。
「――さて、次に行くか」
「もういいの? みんなとお話できた?」
「みんなとしてたらキリないだろ」
それもそうか。たくさんの魚が泳ぐ水槽に手をふって、私たちは順路を歩いた。
すると洋治くんが、「あっ」と声を上げてひとつの水槽を指さす。
「汐里! カエルアンコウがいる」
「ええっ! あの、泳ぎがヘタで、胸ビレで歩くやつ!?」
洋治くんと一緒に小さな水槽を覗き込む。
カエルアンコウは水槽のすみっこでゆっくりと動いていた。
どことなく黄色い体色。ごろんと丸いフォルムに、トゲトゲしている大きなヒレ。
それを地面につけて、ホントに手足みたいに動かして歩いている。
おでこから出ている細い触手が、ゆらゆら揺れる。
あれでエサになる小魚を引き寄せて食べるんだって。
展示パネルには、『魚釣りをする魚』って書いてある。
「かわいいな」
「うん、かわいい……かわいいけどさ」
思っていたよりもずっと小さくて、これまた小さい目が私をじっと見ている。
「女の子に例える魚としてはどうなのかなぁ……」
「なんでだ? 女子はかわいいもの好きだろ」
前からずっと思ってたけど、洋治くんってちょっと独特。
そんなところも私は好きだけどね。
――そう思った瞬間、また心臓がバクバクいいだした。
……ちょっと待って。これって、もしかして。
「うわああぁ……」
「おい、どうした、汐里」
「……なんでもない……」
気づいた。気づいてしまった。
私、いつの間にか洋治くんのことを好きになってたんじゃん。
また顔が熱くなる。心臓がドキドキいってる。
「汐里」
洋治くんに顔をのぞきこまれた瞬間、ぼっと顔が熱くなった。
「うわぁっ! だ、だから、なんでもないんだって!」
「でも――」
「あっ、そうだ! ウツボ! 私ウツボ見たいな!」
「ウツボは温帯域の魚だからこの辺にいるはずだ」
そう生き生きとした表情で言う洋治くんの後ろを少し間をあけてついて歩く。
うん。今は、とりあえずこれくらいの距離感がちょうどいいんだ。
「あっ、旭いたっ」
しばらく順路通りに水槽を見ていって、熱帯コーナーについた。
そこでは一つの水槽にべったりと張りつく旭の姿。
よく見るとその水槽は、中に人が入ってお掃除をしているみたいだった。
「旭、お掃除のジャマだよ」
「いいよ。興味を持ってくれてうれしいな」
飼育員のお兄さんがニコニコ笑って言った。
洋治くんも気になるのか、旭のとなりに立って水槽を見上げる。
「来週からここに新しい魚が入るから、よかったら見に来てね」
「オレ、今度遠足で来るから、ゼッタイ見に来まーす!」
旭が元気よく言うと、お兄さんは嬉しそうに笑う。
「そうか。じゃあ、がんばってキレイにしておくね。同じ魚でも、水槽が汚いより、キレイな方がみんな生き生きして見えるから」
「うん! がんばってください!」
そう言って旭はまた別の水槽へ走って行ってしまった。
「コラ旭!……もう! 走ると迷惑だからやめなさい!」
聞こえたんだか、聞いていないんだか。
旭は追いかける間もなく、またいなくなってしまった。
「はぁー……ごめんね、洋治くん」
「いや。あいつのおかげで、興味深いことを聞けた」
「そ、そう? ならいいんだけど……」
洋治くんは、一生懸命お掃除をする飼育員のお兄さんを見上げて、なぜか満足そうだった。
「もぉー、旭のせいで落ち着いて見られなかった」
「オレは楽しかったぜ!」
帰りの電車で、旭は堂々と言った。まったくこの弟は……。
洋治くんも、いろいろあったけど楽しめたみたい。
もうすぐ休みが終わって、また学校が始まる。
ケガレ鬼はまだまだたくさんいるのだ、しっかりやらなきゃ。
駅について電車をおりると、よく知っている風景が広がっている。
なんだか水の国からこっちの世界に帰ってきた時と同じ気分になった。
「今日は楽しかった。じゃあ、また学校で」
そう言って洋治くんは帰っていったけど、その後ろ姿がなぜかさみしそうで……。
曲がり角を曲がって見えなくなった時、私はようやく現実に引きもどされた。
「旭! 先帰ってて!」
「ええー、姉ちゃんは?」
「洋治くんにハンカチ返すの忘れてた!」
うそだ。本当は、ハンカチなんか借りていない。
ただなんとなく、洋治くんに「大丈夫だよ」って言いたくなったんだ。
あわてて洋治くんを追いかけると、洋治くんは立ち止まってシンコクなようすでなにかを見上げていた。
「洋治くん?」
洋治くんはハッとしてこちらをふり返った。
「ついてくるな! まっすぐ帰れ!」
その言葉に、私はピタリとその場にとどまった。
それを見た洋治くんはそのまま走り去ってしまう。
その後ろ姿が見えなくなった後、私は洋治君が見上げていたものを探した。
「鏡……カーブミラーだ」
オレンジ色の枠の中の丸い鏡には普通なら周りの風景が映るけど。
そこにはなぜか、水の中の風景と、人が映っていた。
「ミクさん……!?」
どうしてそこにミクさんの姿が映っていたかはわからない。
けど、水の国に何かがあったんだってこと、それだけはハッキリとわかる!
私は洋治くんを追いかけて、わだつみ小学校へと走った。
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