第13話 青空が映る池

 あおぞら池の掃除は、順調に進んだ。

 みんなも慣れたのか、初日ほどの文句は出ず。

 日によっては用事があるからと参加できない子もいたけど、いつもほとんど全員の美化委員が来てくれて、池のお掃除はいよいよ最終段階をむかえていた。

「いやー、ヘドロがなくなると、壮観だな!」

 堀口先生がそう言いながら額の汗をぬぐった。

 ヘドロをかきだして、ようやく見えてきた池の底。ケガレ鬼もずいぶん減った。

 お宝は出てこなかったけど、やりきったって気分!

「それじゃあ最後に、ブラシで苔や藻を落としたら、水を入れておしまいだ!」

 はーい! と学年関係なく、元気な声が上がる。

 もうちょっとだ。

 もうちょっとで、あおぞら池の名前にぴったりな、キレイな池が完成する!

 ……と、終わりが見えてきたところで、個人的なモンダイが発生していて……。

「帆崎くん、藻を落とすのってどうするの?」

「ブラシでこするだけだろ」

「そうなんだ~」隣のクラスの女の子と洋治くんが、一緒にお掃除をしている。

 どうやら彼女は、洋治くんのことをすっかり好きになってしまったらしい。

 洋治くんってカッコいいから、私のクラスでも好きだって言ってる子がいる。

 でも、洋治くんって実はクールなだけじゃないんだよ、とか。

 本当は水の国の神さまの子どもで、龍に変身できるんだよ、とか。

 私のほうが洋治くんのこと、色々知ってるはずなのに……。

 なんだかずーっと、にごった気持ちが胸から離れてくれない。

 ずっともやもやした気持ちで考えても、テストみたいに正解があるわけじゃない。

 ごちゃごちゃした考えをふり払うように、私はお掃除に没頭した。

 お母さん、確かにお掃除って、ストレス発散になるかも。

 苔をこすっていると、もやもやが消えていくような気分になった。


「みんな、池からあがって集合ー!」

 先生の言葉に、みんながいっせいに顔をあげた。

 最初は誰かの手を借りなきゃできなかった池の出入りも、今ではみんなお手の物。

 堀口先生の前にみんなが集まると、先生は腰に手を当てて大きな声を上げた。

「今日で美化強化月間は終了! みんなよく頑張ってくれました!」

 そう言うと、誰からともなく拍手が起こった。

 パチパチパチ。この拍手には、以前感じたイヤ~な感じはまったくない。

 まぎれもなく、みんなのがんばりをたたえる拍手だ。

「水を入れるのは下校時間までに間に合いそうにないので、先生がやっておきます。明日の朝をお楽しみに! それじゃあ、道具を片づけて、解散!」

 お掃除って、やってみれば地味な作業で。

 終わり方も、なんだか地味。

 でも明日にはこの池に、きっと青空が映るんだ。

「洋治くん、よかったね!」

「うん」

 となりに立つ洋治くんはうなずいて笑った。やった、レアな笑顔ゲット!

 これでちょっとは、水の国に平和が戻ってくるかな……。


 次の日。

 登校すると、池の周りに人だかりができていた。

「わあっ……」

 思わず声をあげた。

 ゆうがに泳ぐタイショーと金魚たち。

 緑と茶色だった水面は透き通って、青空を反射している。

 木かげの中で、キレイになったベンチがたたずんでいて……。

 ケガレ鬼の姿なんて、カゲもカタチもない。

 これが、本物のあおぞら池。

 胸がドキドキして、私はいそいで校舎の中に入った。

「洋治くんっ!」

「ああ、おはよう、汐里」

 やっぱり洋治くんは一番に教室に来ていた。

 窓ぎわに立って、あおぞら池を見下ろしている。

「すごいね! あれが『かがみ池』なんだね。のぞきこんでるみんなの顔までよく映ってる。すごくキレイ!」

「うん。美化委員のみんなががんばってくれたおかげだな」

「そうだね! みんなも、洋治くんも、すごくすごくがんばってた!」

「汐里もがんばってたよ」

 優しい声でさらりと言う洋治くんに、ドキッとした。

 なんでもない風に言っただけでこんなにドキドキするなんて。

 今の私、顔赤くなってそう。洋治くんってズルいよなぁ……。

「あっ、そうだ。水の国、どうなってる?」

 そう聞くと、洋治くんは少ししぶい顔をした。

「よくはなってる。でも思ってたほどではない。あおぞら池は水の国とつながりが深い場所だから、もう少しよくなると思ってたんだが」

「そっか……」

「やっぱり、この学校で一番やっかいな『不浄』をなんとかしないと」

 この学校で一番やっかいな『不浄』って、やっぱり――

「汐里ちゃん、帆崎くん、おはよー」

 私はぱくんと口を閉じてふり返った。

「やよいちゃん!」

「池、見たよー。すごいねぇ、キレイになったね」

 やよいちゃんはのんびりと、にこにこ笑った。

 こうやって直接言われると、なんだか照れちゃうな。

 洋治くんはトーゼンって顔してるけど。

「そうだ汐里ちゃん、ゴールデンウィークって何か用事ある?」

「ううん、お母さんもお父さんも仕事。やよいちゃんとこは毎年おばあちゃんちだよね」

「そうなの。それで、もしよかったらなんだけど、これ」

 やよいちゃんはそう言って、二枚のチケットを見せてくれた。

「みなみアクアランド……って、三年の時に遠足で行ったとこだよね」

「お父さんの知り合いがくれたんだけど、ゴールデンウィーク用の特別チケットだから。うちじゃ使えないし、汐里ちゃんどうかなって思って」

「くれるの!? 行く行く! 水族館なんて遠足以来だよ」

「もらってくれて助かるよ」

「水族館……」

 私たちの話を聞いていたのか、洋治くんがぽつりと呟いた。

「洋治くんは行ったことある? 水族館」

「ない」

「……帆崎くんと汐里ちゃん、二人で行けば?」

 いたずらっぽく笑いながら、やよいちゃんがそう言った。

 私は思わず「えっ!?」と声が裏返って、恥ずかしくて顔が熱くなる。

「旭くんと二人でどうかなーって思ったけど、別に誰と行ってもいいし」

「汐里がいいなら行きたい」

 休みの日に男の子と二人で出かけるって、それって……。

 でも洋治くん、ゼッタイそんなごちゃごちゃしたことは考えてないな。

 顔を見れば未知の場所にワクワクしているのがハッキリわかる。

「じゃあ……一緒に行く?」

「行く」

 洋治くんは一も二もなくうなずいた。

 やよいちゃんは、今まで見たことないニヤニヤ顔。

 面白いことになった、って言わんばかりだ。

「……やよいちゃん、洋治くんはおサカナが好きなだけだよっ」

「私、なにも言ってないよ、汐里ちゃん」

 ――『墓穴を掘る』って、きっとこういうことを言うに違いなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る