第11話 誰かがやらなきゃ

「いよいよ池の掃除だ。まず底にたまったヘドロをすくって、バケツに入れていくぞ」

 堀口先生がそう言って、スコップとバケツを見せた。

「バケツがいっぱいになったら、台車に乗せて温室の裏に運んでもらう。そこにはブルーシートがしいてあるから、そこにヘドロを流して天日干しにする」

「なんでですかー?」

「そうすると、いい肥料になるんだ」

 抜いた雑草に、ヘドロを乾燥させたやつに……これは、しばらくは肥料に困らないな。

「ヘドロは重たくてすくうのは大変だから、バケツを運ぶ係と交代でやろう。それじゃ、始めるぞー!」

 オー! と美化委員の元気のいい声があおぞら池に響き渡った。

 みんなヤル気まんまん……そう思っていたんだけど。

「ウッ。くせー!」

「ここに入るのかぁ。ヤだなぁ」

「やだ、押さないで!」

 みんなが池のフチに集まって、押し合いへし合いの大騒ぎ。

 足を踏み入れればケガレ鬼の大群。

 そうでなくてもひどいニオイのヘドロのじゅうたん。

 私はスコップをぎゅっと握りしめて、一歩足を踏みだす――

「よいしょっ。……ほらみんな、大丈夫だよー」

 私が池の中に下りるより早く、野中先パイが足を踏み入れた。

 先パイはそのまま、ぐっちゃぐちゃの地面とケガレ鬼を踏みつけながら、なんてことないようにこちらに手を振った。

 先生も、優しい顔で私たちを見守っている。

「汐里。俺たちも行くぞ」

「えっ、ハイッ……まって洋治くん、手ェかして!」

 洋治くんも、バチャッと音を立てて、簡単に池の中に入っちゃった。

 私はちょっと腰が引けてしまう。

 水がぬけた池は底が遠くに見えて、ちょっと怖い。

「ほら」

 洋治くんが差しだしてくれた手をとって、そろりと足を伸ばす。

「うわうわうわっ……ひぇえ」

「一気にいけばそんな怖くないって」

 そうかもしれないけど!

 いくらなんでもここでコケるわけにはゼッタイにいかない!

 私は洋治くんにつかまりながら、なんとか池の中に下り立つことができたのだった。

「階段二段飛ばし分くらいはあるよ、この池……」

「下りられたんだからいいだろ」

「アハハ。ほら、手を貸すからみんな降りといで」

 私が無事池の中に入ることができたからだろうか、他の子も野中先パイや堀口先生の手を借りて、次々と池の中にやってきた。

「なーんだ、意外と浅いじゃん」

「旭の姉ちゃんビビリすぎー」

「ええー……」

 三年の子たちにはやし立てられて、私は顔がカアと熱くなっていくのがわかった。

 ちら、と助けを求めるように洋治くんの方を見る。

 すると洋治くんは、別の女の子が池に入るのを手助けしていた。

「帆崎くん、ありがとう」

 そう言った女の子……あれは……五年二組の子だ。

 ちょっと頬を赤らめて、洋治くんを見上げている。

 なんというか、池の掃除なんて全然似合わない、とってもかわいい子だ。

 こういうの、なんて言うんだっけ。

『掃き溜めにツル』? ここは池だし、『泥中の蓮』?

 洋治くんもああいう子と一緒の方がよかったりするのかな……。

「なにしてるんだ、汐里。手を動かせ」

「わ、わかってるよっ!」

 ぼーっとしている私に気づいて、洋治くんがぞんざいに言った。

 えーと、ヘドロをバケツに入れていくんだよね。

 スコップでヘドロをすくって、バケツに入れる。

 スコップで、ヘドロをすくって、バケツに入れる……。

 ――……うーん。

 まだバケツの半分もヘドロが入っていないのに、もう飽きてきた。

 いくらみんなでやっていると言っても、いっこうにキレイになる気配がしない。

 校舎を見上げると、あんなに興味津々でこっちを見ていた子たちは、すっかり姿を消している。もう帰っちゃったのかな。

 周りの子たちの作業スピードは明らかにおそい。私も、だけど。

(洋治くんと野中先パイは早いなぁ……)

 二人はまったくスピードを落とすことなく、バケツをいっぱいにしていく。

 あんなにはしゃいでいた三年生たちも、さっきまでの勢いはどこへやら。

「バケツがいっぱいになったら、台車で持っていってくれー」

 何人かのバケツを運ぶ係の子たちが、まだかなーって感じでこっちを見ている。

 私はあわてて作業を再開した。

 それからいくつかのバケツがいっぱいになって、係の子たちがようやくかって感じで運んでいってくれたけど……。

「先生、あきたー!」

「ええー?」

 真っ先に声をあげたのは、三年生の子たち。

 私も、最初の二、三回でもうあきてたし。しかたないよね。

 誰かがやらなきゃ。為せば成る。

 そういう気持ちがあるから頑張れるけど、そうじゃない子だって、もちろんいる。

 それに体格の小さい子がスコップで持って重たいヘドロをすくうのはすごく大変だ。

 五年生でこうなんだから、三年生ともなるともっと大変にちがいない。

「ねえ、洋治くん。みんなが掃除にあきちゃってるの、なんとかならないかな?」

「そんなの俺たちでなんとかなる問題じゃないだろ」

 ……バッサリ。

 洋治くんは、鋭い目で手のおそい美化委員の子をにらんでいる。

 そうだった。洋治くんにとって『不浄』をなくすのは当たり前のこと。

 だからお掃除をサボっちゃう子の考えが、理解できない。

 それはしょうがないことだ。けど、みんなの力を借りなければ、あおぞら池はいつまでたっても『不浄』なままなワケで。

「うーーーん……」

 そういえばお母さんが言ってたっけ。

 がんばればがんばるだけ、キレイになったことがわかるから、お掃除はキライじゃないって。

 今のあおぞら池は、ヘドロをバケツにすくうっていう簡単だけどいくらやっても終わりの見えない作業をずーっとしなきゃいけない。

 がんばってもがんばっても、キレイになったってわからない。

 池をキレイにするためにはもっとがんばらなきゃ。

 でもその前に、みんなが手を止めちゃ、イミないよ。


 バサバサバサッ。

 そんな音に顔を上げると、池のそばの木にハトが止まっていた。

 まるでエモノをねらうように、じっとこっちを見つめている。

「……洋治くん、ハトとお話できる?」

「できない。手を動かせ」

「ごめんなさい……」

 とりつく島もないとはまさにこのこと。

 まあ、そうだよね。洋治くんは水の国の龍だもん。

 ハトと言えば……お母さんがハトポッポの歌、歌ってたなぁ。

「……あっ!」

「どうした」

「洋治くん――歌、歌わない!?」

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