第9話 少しずつ近づいて

 美化強化月間が始まって、三日。

 私たち美化委員には、ちょっとした変化があった。

「おっ、今日は全員集合だなァ!」

 堀口先生が、それはもう嬉しそうに笑った。

 そう。なんと、美化委員が全員集まったのだ!

 野中先パイもいつも以上にニコニコしている。

 洋治くんは、顔こそあんまり変わらないけど、すごく喜んでいることがわかる。

「洋治くん、よかったね!」

「……ん」

 洋治くんは照れくさそうに頷いた。

 池の周りの掃除は、今日で終わりそうだった。

 だって、美化委員みんなが、一生懸命がんばってくれたから。

 私はみんなが堀口先生に注目しているあいだに、こっそりと洋治くんに耳うちした。

「ね、水の国は大丈夫? ミクさん、元気にしてる?」

「相変わらずケガレ鬼の軍勢が多いけど、宮殿はなんとか守られている。姉さんは相変わらずノーテンキだよ」

「アハハ……」

 あのおっとりとしたミクさんがいつもの調子だと聞いて、少し安心した。

 ミクさんまでシンコクな感じになっちゃったら、ホントにヤバいって思う。

「でも、ケガレ鬼、減ってないんだ。心配だな……」

「休み時間とかにケガレ鬼をつぶしたり、『不浄』の元になっているゴミの片づけとかをしてるけど、つぶしたケガレ鬼はすぐ元にもどってしまうからな。やっぱり、『不浄』そのものをなんとかしないと……」

「えっ、洋治くん、休み時間にそんなことしてたの!?」

「クラスのみんなと遊ぶついでにちょっとやるだけだよ。あんまりみんなとつき合いが悪いと、動きづらくなるし……まあ、俺も学校生活、けっこう楽しいし」

 最後の方はぼそぼそと小さい声になっていく洋治くん。

 私はびっくりして、口をぱくぱくさせた。

 洋治くんが、私の思っていた以上に学校をキレイにすることをがんばってること。

 水の国がメチャクチャになってしまっている原因であるわだつみ小学校の生活を、楽しいって思ってくれていること。

 あのクールな、洋治くんが! ぜんぶに私はびっくりしすぎて、いろいろな感情がないまぜになって、そのまま後ろにひっくり返りそうになった。

「……なんだよ」

「えっ。えーっと、その、なんでもないっ!」

「顔真っ赤。キンメダイみてぇ」

「キンメっ……そこはゆでダコとかでしょ!?」

「そこー、うるさいぞー」

 堀口先生の声が飛んできて、私はばっと顔を下に向けた。

 横で洋治くんが小さくクスクス笑っている声が聞こえる。

 先生に注意されたこととか、洋治くんに笑われてることとかが恥ずかしくて、顔を上げることができそうにない。

 ううっ、でも洋治くんの笑ってる顔、見ておきたかった……!


 三日目、それも全員集まったとなると、池の周りの掃除はあっという間に終わった。

 膝丈までボーボーだった雑草もすっかりなくなって、ぬいたものや刈り取ったものが堆肥になることも決まった。

 背の高い木の伸びすぎた枝は先生が切ってくれた。

 それから、ボロボロだったベンチ。

 みんなでヤスリがけをして、座ったらケガしちゃいそうなササクレは全部なくなった。

 そこに防腐剤が入った塗料を塗れば、ベンチは見違えるくらいにキレイになった!

 池の方にはまだまだたくさんのケガレ鬼がいるけど、ベンチでくつろぐケガレ鬼はもうどこかに行っちゃったみたい。

 つまり、ここは『不浄』じゃなくなったってことだよね!

「いやー、さすがの僕も一週間かかるって思ってたよ」

「野中先パイ」

「まさかこんなに早く終わるなんてね。やってみなきゃわかんないもんだよね」

 そう言って野中先パイはうんうんうなずいた。

 私もそう思う。最初にあんなに尻ごみしてたのが、ずいぶん昔のことみたい。

 美化強化月間が始まってから、まだ三日しかたってないのにね。

「先生ー! もう池の水ぬく!?」

 三年生の男の子が、目をキラキラさせて先生に聞いた。

 もう池の周りで掃除できそうな場所はないと思う。

「うーん、まさかこんなに早く掃除が終わるなんて思ってなかったから、まだポンプやタイショーを移すコンテナが用意できてないんだ」

「えーっ!」

「わかった、わかった! 明日な、明日!」

 先生がそう言うと、みんなワーイって喜んでる。

 水をぬくのがゴールじゃないんだけどなぁ。ま、いいか。

 前の金曜のお掃除に来てくれなかった気だるげな六年生の男の子も、五年二組の子も、掃除ってけっこうカンタンじゃん、と拍子ぬけしてる。

 次の池の掃除にも、みんなが集まってくれるといいな。

 道具を片付けると、学校に残る用事もないので、みんな足早に帰っていく。

 私と洋治くんはいつも一番最後。

 洋治くんは学校の中に家があるようなものだもんね。

「それじゃあ、今日もおつかれさま。洋治くん、また明日ね」

「……汐里、まだ時間あるか」

「うん? どうかした?」

「ちょっと、池の方を見に行かないか」

 えっ。今までさんざん見てたのに?

 でも別にこのあと用事があるわけでもないし、まあいいかと思ってうなずく。

 帰る用意をして、私たちは再びあおぞら池のそばまでやってきた。

「タイショー、こっちこい」

 洋治くんが池のそばにしゃがみこんで、手を水面にかざした。

 て言っても、ケガレ鬼がうじゃうじゃしていて、どこから池でどこから池じゃないのかよくわからない……。

 洋治くんはウロコを持ってるとケガレ鬼が見えるって言ってたから、ウロコを置いてくればいいのかもしれないけど……せっかく洋治くんが痛い思いしてくれたウロコをそんな風に扱えなくて、いつもペンダントにして持ち歩いている。

 それに龍のウロコを持っていれば、どこが『不浄』なのかわかりやすいしね。

 洋治くんが呼ぶと、タイショーがこちらにやってきた。

 ケガレ鬼はタイショーをよけるように動いて、なんだかそこだけ道ができたみたい。

「タイショー、こんなケガレ鬼だらけの所でも、元気だね。さすが池の大将」

「タイショーは、大将ってイミじゃないぞ」

「えっ? そうなの? じゃあ、どういうイミ?」

「錦鯉のもようの種類には名前があって、こいつのは大正三色という。つまり年号の大正からとって、タイショーなんだ」

「へえー! そんなこと知ってるなんて、洋治くんはやっぱりおサカナが好きなんだね」

「違う……いや、違わない」

「フフ、どっちなの」

「魚が好きなのはそうだけど。本人が教えてくれたから知っているだけ」

「……本人?」

「タイショー本人」

「えっ! 洋治くん、魚の言葉がわかるの!?」

「うん」

 魚の言葉がわかるなんて、さすが龍……。

 そうだとしたら、水の国がケガレ鬼で大変なことになっているのは、なおさらつらいだろうな……。だって、水の国に暮らす魚の声が聞こえるんだもんね。

「……ごめん」

「えっ?」

 突然、洋治くんが私に謝った。

 私は何に対する「ごめん」なのか全然わからなくて、首をかしげた。

「ど、どうして謝るの? 謝るのは私の方だよ。水の国のこと、なんにも知らなくて、ひどいことたくさん言ったし……」

「俺も、ひどいことたくさん言ったと思う。なにも知らないからってバカにした。でも、知ってくれればわかってもらえるし、やり方を教えれば応えてくれるってわかったから」

「だからごめん」そう言って洋治くんは頭を下げた。

 そういえば、池の周りを掃除している間、洋治くんはみんなにやり方を教えていた。

 それでそんな風に思って、私に謝ってくれたんだ。

「まあ確かに、最初はちょっとムカついたけど……今はもう、全然気にしてないよ!」

「本当か?」

「ほんとだよ。……もしかしてここに来たのってそれを言うため?」

「うん」

 いつも強気の洋治くんはちょっと困ったようにうなずいた。

「どうして?」

「だって……気まずいだろ、なんか、二人きりだと……」

「……え、二人きりじゃん」

「ここはタイショーがいるから」

 洋治くんはぶっきらぼうにそう言った。

 私はその言葉を聞いた瞬間――笑いだしていた。

「あははははっ!」

「わっ、笑うなッ!」

「ごっ、ごめっ……洋治くん、面白くて……っ」

「俺はマジメだ!!」

「ごめんって! アハハッ……」

 なんか笑いすぎて涙が出てきちゃった。

 洋治くんはゆでダコ――もとい、キンメダイみたいに真っ赤な顔で怒った。

 最初の頃に感じてた怖さはすっかりなくなってて、それがまた面白くて……。

 私、美化委員になって、洋治くんと仲良くなれてよかったって思ったんだ。

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