第6話 お掃除をする理由、しない理由
「今日は美化委員のみんなにお願いがありまーす! まずは、発案者の五年一組の二人にあいさつしてもらいます。前に出てください」
委員会の定期集会。野中先パイがニコニコしながら言った。
私はもう泣きそう。
授業で当てられて答えるのもコワイのに、人まえで話すとかゼッタイ、ムリ!
……ってことで、喋るのは洋治くんが一人でやってくれることになった。
私は文章を考えただけ。でも立ってるだけで今にも逃げだしたい気分……。
「私たちは前回初めて池の掃除をして、池の状態があまりにもひどいということに気がつきました。あおぞら池の汚さは、授業参観や運動会に来てくれるお父さんお母さんにも知れわたっているくらいです」
私が書いた文章を淡々と読み上げる洋治くん。すごく堂々としている。
「いくら毎週金曜日に掃除をしたとしても、あれでは何十年続けたって、池は汚いままです。そこで、一度あおぞら池を最高にキレイにすれば、日々の管理も楽になり、池がキレイに保たれると思いました」
見渡すと、みんなはあまり聞いてないように見える。
みんな、あおぞら池には近よらないから、興味もないのかな……。
「そこで美化強化月間を設け、池をテッテー的にキレイにしたいと思いました。みなさんも協力してください。よろしくお願いします」
「よ、よろしくおねがいしましゅっ」
うわ、かんだ! もうサイアク!
今の私、顔真っ赤になってるだろうな。うう、見ないでほしい。
「――はい、というわけで! 今月は美化強化月間になりました! まあ今月って言ってもあと二週間くらいしかないんだけど。ゴールデンウィークより前には池をキレイにしちゃいたいですね」
野中先パイが明るく言うと、まばらな拍手が起こった。
パチ、パチ、パチ、とゆっくりした拍手。イヤな感じだ……。
やっぱりみんな、真面目に協力してくれそうにないのかな。
「二人共ありがとう。じゃあここからは、池の掃除のやり方について、堀口先生が説明してくれます。先生、よろしくお願いします」
私は立ってただけなのに疲労コンパイ……。
野中先パイにうながされて、私たちは席にもどった。
「それじゃ、池の掃除のやりかたを説明するぞ。今回は大々的な掃除ってことで、まずは池の周りから掃除をすることにする」
堀口先生はそう言うと、黒板に池の見取り図を書いた。
「これを機に、あの辺りに生えている木の剪定もするぞ。そうすると池に枝葉が落ちるから、池の掃除は後回しというわけだな」
剪定っていうのは、風通しをよくするためにいらない枝を切り落とすこと。
池の掃除にも順番があるんだね。
「あそこのベンチもキレイにして、みんなが使えるようにする。みんなには、雑草の刈り取りやゴミ拾い、ベンチのやすりがけなんかをお願いすることになると思う」
池の近くにあるベンチ、誰も座らないし、ケガレ鬼の住処になっちゃってるもんね。
「次に、本命の池の掃除! これはどうしても人数が必要なんだ……」
堀口先生、なんか芝居がかってない?
三年生と四年生の子たちがのめりこむように聞いている。
でも五年生と六年生は、ちょっとシラケ気味だ……。
「前半の池の周りの掃除に参加してくれた人数によってやるか決まる! そう、池の水を全部ぬいて、キレイさっぱり掃除をするッ!」
「マジで!? スゲーッ!」
三年生の男の子が興奮気味に叫んだ。
えっ、池の水をぬくのって、そんなに楽しいことなのかな?
ちらっと他の子を見れば、男の子も女の子も、何人かワクワクした表情になってる。
「池に入ってる生き物をいったん別の場所に移して、ポンプで水をぬく。底に溜まったヘドロやそこらにくっついている藻や苔をブラシで落としたら、また水をもどす。それで池の掃除はおわりだ。なにか質問ある人!」
「ハイ! お掃除に何人集まったら水をぬきますか!」
「そうだなぁ、委員会がぜんぶで三十二人だから……半分の十六人は集まってくれると助かるな。それくらいいればすぐ終わると思うし」
「ハイ、先生。そんなに急いでやらなくてもいいんじゃないですか?」
そう声を上げたのは六年生の男の子。
気だるげにゆっくりと拍手をしていた人だ。
洋治くんはギラギラと彼をニラみつけている……うう、怖いからやめてほしい。
「たしかにそれも一理ある。けど、暑くなればなるほど掃除は大変になる。外で作業するわけだし、暑いと苔や藻もよく増える。今のうちに掃除してあとで楽しようって算段だ」
「ふーん」六年生の男の子はやっぱり気だるげ。
というか、野中先パイと佐藤さん以外の六年生たちはかなりヤル気がなさそう。
今度は別の女子が手をあげた。
「こういうのは掃除の業者の人に頼むんじゃないですか?」
「あー……この学校は古いから、校舎の修繕が先で、掃除の方にまわせるお金はあんまりなくて……以前は保護者のボランティアの方がやってくれてたんだけど、それも大変だからなくなったらしくて……」
堀口先生は困ったように口をもごもご動かしている。
この学校はかなり昔に建てられたらしい。
歴史がある、と言えばそのとおりなんだけど。
古い建物だから、色んなところにガタがきている。
そっちを直すのが先で、掃除には手がまわらないんだ。
言われてみれば、用務員さんはいつもトンカチと工具箱片手にあちこち修理している。
「もう質問はないかな?」
先生がそう聞くと、周りの子たちは顔を見合わせた。
「集合場所は、あおぞら池近くの物置前です! 配ったプリントのとおり、汚れてもいい服装で来てください」
こうして、美化強化月間の開催がなんとか決まったのでした。
委員会が終わってみんなが帰っていくのに、洋治くんは座ったままだった。
「洋治くん? どうしたの、帰ろう」
「汐里、俺――」
「おーい、二人とも! 鍵を閉めるから出てくれー」
先生の声に洋治くんはしぶしぶ立ち上がった。
美化委員会は他の委員会よりちょっと長引いちゃったみたい。
誰もいない廊下は、夕焼けの赤い光に照らされて、ちょっとだけブキミだ。
洋治くんは何か考えてるみたいで一言も喋らないまま、階段の鏡の前までやってきた。
「それじゃあ洋治くん、また明日ね」
「なあ汐里、聞きたいことがある」
「うん……?」
深刻そうな洋治くんの声に、思わずドキリとする。
「なんでみんな、掃除をやりたがらないんだろう……」
「えっ?」
「掃除をすれば、みんな気持ちよく暮らしていける。なのにどうしてやらないんだ?」
洋治くんは、本気でわからないみたいだった。
そうだよね。誰だって、できることならキレイな場所で暮らしていきたいよね。
まして学校に『不浄』があるせいで、洋治くんの故郷である水の国が大変なことになっているなら、そう考えるのはなおさらだ。
でも私は、掃除をしたくない人の気持ちも、なんとなくわかる気がする。
「やっぱり、メンドくさいとか、汚いものに触りたくないとかじゃないかな」
「汚いものに触りたくないのにどうしてそうなる前に掃除しない?」
「ううーん……メンドくさい、から」
それ以外の理由を思いつけなくて、私はうつむいた。
洋治くんに言われるまであまり考えたことがなかった。
どうして人は、人によって、汚れたものをそのままにしたり、あるいはキレイにしたりするんだろう?
私はどっちなんだろう?
「人間って……よくわからない。むずかしい」
洋治くんはそう小さくつぶやくと、呪文を唱えて鏡の向こうに行ってしまった。
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