第4話 水の国とケガレ鬼
「あそこがわたくしたちが住んでいる宮殿で~、あっちの塔は水の国を一望できたんだけど、ケガレ鬼に壊されちゃってね~、それで洋治を呼びに来たの~」
「え? は?」
私、ここがどこだかも、まだよくわかってないのに!
なにを言ってるのか、もうイミわかんない!
「えと……あの、情報を整理させてもらっても……?」
「どうぞ~」
「ここはわだつみ小と繋がっている神さまの国で、帆崎くんは実は龍で、あの宮殿に住んでいて、あっちの塔は……なんでしたっけ!?」
「ケガレ鬼に壊されちゃったの」
「ケガレ鬼って、帆崎くんの周りにいるあの変な黒いもやもやですか!?」
塔をとり囲むように、黒い渦がうねうねとうごめいている。
遠くからじゃよくわからないけど、なにかの大群みたい。
龍――帆崎くんはそれに立ち向かうように雄叫びを上げていて、私はおそろしくてミクさんの服をつかんでいることしかできなかった。
「そうなの。ずいぶん数が増えてねぇ、そろそろ宮殿も危ないかも~」
「そんなのんきな……!」
帆崎くんが大きな口をパカッと開けると、そこから光の光線が飛びだした!
それに当てられた黒いもやもや……ケガレ鬼はあっという間にバラバラに散って、水の中に溶けていく。
「び、ビームだ……ゲームみたい……」
消え去ったケガレ鬼を見届けた帆崎くんは、私たちに気がついたみたい。
こっちを見るなり一目散にやってきて、私はまた悲鳴をあげた。
帆崎くんはツノが生えた人の姿にもどったかと思うと、私に指を突きつけて怒鳴った。
「なんで、こいつまで、連れてきたんだ! 姉さん!」
「洋治。今この国は、とっても大変でしょう?」
「そんなことわかってる。だからなんでこいつを――」
「あのね、汐里ちゃんにケガレ鬼を倒すお手伝いをしてもらえばいいと思うの!」
「はぁ!?」私と帆崎くんの声がまったく同じタイミングで重なった。
このお姉さん、いきなり何を言いだしちゃってるのー!?
「汐里ちゃん、聞いてくれる?」
「え、は、え?」
ミクさんは私の返事も待たず続けた。
「神さまが住まう国と、あなたたちが住む人の世の国は、昔はもっと簡単に、自由に行き来することができたのよ」
「は、はあ、そうなんですか……」
「でもね、人々が神さまを忘れていくあいだに、扉はどんどん減っていった。けれど全てなくなってしまったわけじゃない。そのうちの一つが、わだつみ小学校なのよ」
「それは、わだつみ小が、大綿津見神……さまと名前が似ているから?」
「いい所に気付いたわね! 何百年も、何千年も前のことよ。あなたたちが通うわだつみ小がある場所に、わたくしたちの父である大綿津見神が暮らしていたことがあるの。今も繋がりが消えていないのはそのおかげね」
わだつみ小学校に、大綿津見神さまが暮らしていた――。
……ん? 何百年も何千年も前に大綿津見神さまが暮らしてて、帆崎くんとミクさんはそんな神さまの子どもで……――あまり考えないようにしよう。
人間の常識に当てはめてたら、この話はいつまでたっても終わらない気がする。
「……ちょっと待って、だったらどうして帆崎くんは転校してきたの? この国があんな変な黒いもやもやにめちゃくちゃにされて、大変なのに……」
「それは、あの変な黒いもやもや――ケガレ鬼がわだつみ小から生まれ、扉を通ってこちらに来ているからだ」
「ええぇっ!?」
今まで黙って私たちの話を聞いていた帆崎くんは、腕を組んでフキゲンそうに言った。
「ケガレ鬼は、『不浄』から生まれる」
「ふじょう……?」
「汚い部屋、物、場所。心当たりがあるんじゃないのか?」
ぎくり。肩がはねた。
わだつみ小は、ボロで、お化け屋敷みたいで……。だからケガレ鬼が生まれるの?
「つまり、水の国がこんなことになっているのはおまえたちのせいだ」
こんなにも広大な水の中なのに、魚は数えるほどしかいなくて。
黒いもやが水面からの光を遮っていて、水の中はずっと薄暗くて。
塔は壊れ、宮殿もボロボロになってるように見える。
それらが全部……私たちのせい?
ショックで何も言えない私の両肩を、ミクさんが優しく叩いた。
「しかたのないことだわ。ケガレ鬼は普通の人間には見えない。知らないことをどうにかしろっていう方が、わたくしたちの傲慢じゃなくって?」
「だとしても。あの学校をキレイにすることはできたはずだ」
「そのとおりね! そしてそれは、今からでも遅くはないはず! だから洋治も、わだつみ小に行くことにしたんでしょう?」
「それは……そうだけど……」
「独りはどんな時でも心細いわ。でも、同じ美化委員って仲間がいるんだもの!」
そっか。『不浄』をキレイにするために、帆崎くんは美化委員になったのか。
私に対して当たりが強かったワケが、やりたくなさそうにしている他の美化委員のみんなをにらみつけていたワケが、ようやくわかった。
「このままだと水の国がなくなっちゃうの。汐里ちゃん、洋治を助けてあげてね!」
「は、はい……」
そんなこと言われちゃうと、断れるわけない……。私は小さく頷いた。
ミクさんは私の返事を聞いてすごく嬉しそうにしていたけど、帆崎くんはやっぱり私をにらみつけていて、私は蛇ににらまれたカエル状態になってしまった。
「……とにかく。こいつをあっちに帰してくる。姉さんは宮殿に帰ってて」
「うん、そうね。それじゃあ汐里ちゃん、またね~」
「えっ、ちょっ、待っ……私泳げな……!」
突然ウミガメから下ろされた私は、みるみる沈んでいった。
あわてて手足をバタバタ動かしてみるけど、ちっとも浮かべない!
すると帆崎くんに服の首根っこをぐいって引っ張られて、私は「ぐぇっ」とカエルみたいな声を上げてしまった。ううー、恥ずかしい!
「泳ぐのがヘタにもほどがある」
「わ、わかってるよそんなこと!」
しょうがないじゃん、できないものはできないんだから!
帆崎くんは私をゆっくりと水底まで下ろすと、手をつないで来た道をもどっていく。
そのうしろ姿が、なぜだかわからないけど、少しさみしそうに見えた。
「あ、あの、帆崎くん」
「なんだ」
「その、ごめんね。私、なんにも知らなかったから、ひどいことたくさん言ったね……」
水底をゆっくりゆっくり歩きながら、帆崎くんは水面を見上げた。
黒いもやに、数えるほどしか泳いでいない魚たち。
わずかなスキマをぬうように降ってくる光を、帆崎くんは見つめている。
「以前はもっとたくさんの魚が泳いでいた。遠くまで見渡せるほど水は透き通っていて、森のように水草や海藻やサンゴが生えていた。宮殿もあんなボロじゃなかったんだ」
「わだつみ小がキレイになったら、またそうなる?」
「少なくとも今より悪くなることはない」
「じゃあ私、がんばるね! 最初はその、正直言ってやりたくなかったけど……。でも、私だって美化委員になったんだもん!」
「――おまえ……」
帆崎くんがゆっくりと振り返った。
まっすぐ見つめられて、心臓がドキリと跳ねる。
やっぱり帆崎くん、イケメンだよな……ちょっと怖いけど……。
「おまえ、ペンギンみたいなやつだな」
「……は? え? なに、ペンギン?」
カッコいい顔でいきなり何言ってるの、帆崎くん。
今日何度目かの困惑をかくせない私を無視して、帆崎くんはずんずん歩いていく。
「ペンギンは群れで行動する」
「はあ、そ、そうなんだ……?」
「群れでエサを取る時に、ドジって氷の上から落ちてしまう最初のペンギンがいる。そいつが無事だって分かったら、他のペンギンもつられて次々飛び込む」
「それと私になんの関係が……」
「船橋汐里、おまえがその最初のペンギンになったと言っている」
「――つまり、ドジって氷の上から落ちたってこと!?」
「そうだ。やりたくもない美化委員に選ばれた」
「ドジって風邪ひいたから!?」
いくらなんでもあんまりだ!……とは言い返せないのが悲しいサガ。
だって、全部ホントのことだもんね……ハァ。
私たちはいつの間にか、池がある洞窟までやってきていた。
何度見ても不思議だ。どうして水の中に池があるんだろう。
「ここから飛び込んだら元の世界……わだつみ小の階段に出られる」
「帆崎くんは行かないの?」
「俺はこっちが家だ。でも気を付けろ、俺のウロコを持っていると、ケガレ鬼が見えるようになるから。見えるからって、べつに襲ってはこないと思うけど」
「えっ? それってどういう意味――うわっ!?」
突然、目の前に魚が泳いできた!
びっくりして、後ずさりしたら池のフチに足がぶつかって、そのまま――
――バシャーン!!
「ぐえぇっ」
べちゃっ、と思いきり床に叩きつけられる。痛い。
「……あっ、戻ってきてる……」
帆崎くんが言った通り、池に飛び込んだら階段の踊り場に戻ってきた。
目の前の鏡にはその場に尻もちをついている私が映っている。
さっきまで水の中にいたのに、不思議と体はぬれていない。
ふと、こちらに誰かがやってくる足音がした。思わず体がこわばる。
「――誰かいるの?」
やばっ、先生の声!
私はどこかに隠れようかと周りを見渡したけど、ここは階段。
どこにも隠れる場所なんてないし、まだ足に力が入らない。
私は観念して姿を表すことにした。
「あら……船橋さん? もう下校時刻はとっくに過ぎてるのに」
「や、山本先生……」
「もしかして今まで美化委員の仕事をしてたの?」
「あっ、えーっと、そうなんです! それで教室にエプロンを忘れてきちゃって……」
「じゃあ先生が持ってくるから玄関に行ってなさい、ね」
担任の山本先生が優しくそう言うと、階段を上っていってしまった。
怒られなくてよかった……。
玄関に行こうと階段を下りると、廊下の向こうになにか変な黒いなにかが見えた。
「……ん?」
犬っぽいけど、ちがうみたい。チワワとかウサギくらいの大きさに見える。
動いてるしなにかの生き物かな。
でも、あんなのこの学校にいたかな……?
黒い生き物はゆっくりとこちらに向かってくる。
近付いてくるにつれて、それが泥だんごみたいにぐちゃぐちゃのカタマリだってわかって、しかもそれがこの世のものじゃないって気づいた。
「ひゃあああっ!」
情けない悲鳴を上げながら急いで階段を下りる。でも、廊下にうじゃうじゃいる!
「な、な、なにこれ、なんで」
「船橋さん!? どうしたの!?」
山本先生があわててこちらに走ってきた。
「あっ、先生、そこ――」
「え?」
ぐちゃぐちゃの泥だんごは、先生にあっけなく潰されて……。
べちゃ、と黒いしぶきが飛んで、私は思わず顔を両手でおおった。
指のスキマからようすをうかがってみると、黒いしぶきはやがてまた集まってカタマリになって、もぞもぞとどこかへ行ってしまう。
「どうしたの、船橋さん。さっきの悲鳴は……」
もしかして先生には見えてない?
それにあの黒いもや、さっき水の中で見たような……あれがケガレ鬼ってこと!?
とにかくこの場をごまかさなきゃっ。
「……えーっと、デッカイ虫がいて」
「えっ、虫!? クモ!? 蛾!?」
山本先生はおびえたようにきょろきょろと辺りを見渡した。
「もう外にいっちゃいました!」
「そ、そう? ならいいんだけど……。はい、これよね」
山本先生がエプロン入りの巾着袋を渡してくれて、私はほっと息をついた。
「船橋さん、ごめんなさいね。美化委員、押しつけたような形になってしまって。男子の方は帆崎くんにすぐ決まったんだけど、女子は誰もやりたがらなくって」
「いえ……大丈夫です! なったからにはちゃんとやります!」
「本当? 助かるわ。それじゃ、寄り道しないで帰ってね」
はい、と返事して私は外に飛びだした。
校門へ走る途中、ちらりとあおぞら池を見る。
――黒いぐちゃぐちゃ、たくさんいるんですけど!
さっき見たやつよりでっかいカタマリもいるし……。
あんなのがいるなんて、知りたくなかった。
でも帆崎くんにはずっとこの光景が見えていたわけで――。
私、ちゃんと美化委員やるって言ったけど、本当にちゃんとできるのかな……?
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