第5話 私はヤられる前に国民をヤる。

 この状況で喜び笑う者はただ一人。ササレタをなんらかの方法で殺害したのはアリシアの可能性が高かった。


「……くっ、貴様!! ササレタに何をした? アリシア、答えろ!!」


 フルボックは、嬉々とするアリシアに声を荒げる。だが、その声は少し震えていた。フルボックの問いかけにアリシアは返事をする。


「ヤられる前にヤりましたが、どうかしました?」


 そして、アリシアは口に手を当て可愛らしく話しはじめた。


「ヤるって本当に、素晴らしいとことだと思いませんか、わたしが、ヤられた運命がヤればヤるほど救われてしまうんです。たとえそれが、運命というレールで敷かれてあってもです。それすらもヤれば、ヤってしまえば、跡形も無く、無くなるんです。逃れられるんです」


 アリシアは何かに魅入られたように語りだす。


「ほ~ら、見てください。そこにヤられてるササレタ様もヤってしまえば、私の首はなくならないんです。わかりますか? ヤったことで運命が、ヤることで未来がかわったんです」


 アリシアはヤルと言う悦びをフルボックに心の底から訴えたのだ。


「な、なんなんだ、……お前は?」


 アリシアの言っていることがフルボックには全くもって理解できなかった。自分でも何をいったのか理解せずにこの言葉を彼女に発していた。


 そして、アリシアは会場の皆に聞こえるように言葉を発した。


「みなさん、ヤルって本当に素晴らしいですよね?」


 誰も彼女の言葉を肯定するものはいない。というより誰もその場を動くことができないでいた。魔法や道具、そういった類のものではない。いつでもこの場を立ち去ることはできただろう。


 だが、皆はそれができない。ただアリシアの行動を見つめるだけしかできなかった。身体を震わせる者、呼吸の荒い者、尋常ではない汗をかく者、皆が、恐怖していたのだ。この美しくも笑う狂気をもった少女に、そして、満足げに話をしていたアリシアが、突然ナーシャに目を向けた。


「ナーシャ様、あなたは素晴らしい人ですね」


「え……なに?」


 突然、自分に話を振られて意味が分からない。この狂気な化け物に素晴らしいと言われる理由がない。考えても理解できないのだ。


 彼女にとって予想外のことがおきていた。シナリオ通りに進めば、アリシアはササレタに首チョンされるか、引きずられて牢屋で、ざまぁされる哀れな存在でしかなかったのだ。


 困惑するナーシャをよそにアリシアは話を続ける。


「あなたはわたしを、ヤろうと裏ですごく頑張っていたんですよね。あなたは私達と同類なんです。ホント素晴らしい、素晴らしいです。ですが、すべてをヤルためには知恵と力が必要なんです。だけど、あなたには圧倒的な力が足りない」


 ナーシャに向けて、やれやれとポーズをしながら、クスッと笑うアリシア。そして、サンドバックを見て話を続ける。


「そうそう、貴方たちが調べたそれ、わたし、全くもって、身に覚えがないんですけど~、そんなことする暇あったら、一人ぐらい、つまみ食いしてヤってますよ。あは、無駄足、ご苦労様でした~♪」


 クスッ、クスッ笑うアリシアにフルボックは唾をぐっと飲み込んでから、声を荒げる。


「ふ、ふざけるな、この期に及んで白を切るつもりだな。ははん、分かったぞ。お前はこうなることを事前に予測していたのだろう。だからこの場を利用してこのような茶番を企んでいたのだろう、この会場にいるどこかの協力者と」


 フルボックは、気づいた。


 この令嬢は狂ったふりをして、罪を逃れようとしていたのだ。ササレタは会場にいるアリシアに雇われた何者かが魔法を放って殺めたのだろうと、そう、思い立った。


 だが、その言葉を聞いたアリシアはしばし呆然としてから、腹をかかえて笑いだした。


「なにそれ、ジョークですか? 私は言ったじゃないですか、ヤルときは、盛大にヤルほうが好きだから、エンターテイメントのようにイベントを起こしてですよ、本当はいつでもどこでもヤれたのに、わたしは先輩と違って我慢してたって、ほら、こんな感じでね」


 アリシアは会場の窓の外に手のひらを向ける。スっ―と淡い闇の光が手のひらに集まってくる。そして消えた。


 同時に遠くで、まるで太陽のような、巨大な黒い球体のようなモノが現れたのだ。その黒い球体はすべてを、何もかも、吸い込んでいく。街が削られていく。跡形もなく消えていくのだ。そこにあった、人という者の痕跡すらなくなる程に、その光景を見た貴族たちから、悲鳴の声があがっていく。だが、アリシアだけが喜々として喜んでいた。

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