第三話 鰻丼

転職のエージェント、カーディーラーの人、そして不動産の担当。

彼らは人生の節目に現れる『代理人』だ。



今回の物件探しでメールを返してきた相手は、どこか危なっかしい。例えば折り返しすぐ電話をするといって数日間が空いたり、誤字だらけのメールにお店の地図画像を添付するといってなぜか「bat(バッチファイル)」をくっつけて寄こしたりするお茶目さんだ。


多少の不安を感じてはいたが、この不動産は仲介タイプではなく自社施工(売主)ということもあり、前回のバッティングで残念な思いをしたわたしにはぴったりの店だった。


目当てのものはまだ基礎工事中ということで、同タイプのモデルルームで内見を済ませ、その後も色々な説明を受けたが、正直2度目ともなると新鮮味もなく、ひたすらにカタログを眺めながら家電の配置を妄想したりした。


「建物完成はそうですね……。順調に進んで、7月下旬といったところでしょうか」


そこでわたしはようやく顔を上げた。


「8月中には引っ越しができるスケジュール感で進めたいです!」


とっさに口にした8月というのは、個人的な想いがあった。まずは誕生月であることと、そして勤続10周年を迎える月でもあることだ。新しいことを始めるのに、日本人は区切りをつけたがる節がある。ウチの母も「けじめ」という言葉を濫用していたが、つまりはそういうことだろうと思う。



不動産の隣には鰻屋があった。

申し込み手続きが終わったのがちょうど昼過ぎだったので、吸い込まれるように店に入ったわたしはちょっと高い鰻丼を注文することにした。


「人生の節目だからなぁ、ちゃんとしたものを食べよう。けじめだ、けじめ」


母の血はしっかりと受け継がれていた。





つづく

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