第2話 光国
家に帰ってからも、彼のピアノの音が頭に鳴り続けていた。そして、東京行きの日を思っては、わくわくしていた。
と、急に気が付いた。その日は夜の九時頃までコンサートだ。その後ここまで帰ってくるとすると、夜中近くになってしまうだろう。どこかに泊った方がいいのではないだろうか。
東京と言えば飯田
お互いの気持ちを告白しあって、彼は私の存在を大事だと言ってくれた。ずっと待ってる、と言ってくれた。
(恋人? 婚約者? それとも、ただの知り合い?)
私たちを表す適当な言葉が見つからない。だけど、私は彼を大好きで、彼も私を大好きだ。
東京に行くからには、光国に知らせておいた方がいいだろう。ミッコさんの同級生だったということは、光国の同級生でもあったはず。でも、連絡をしたところで泊めてはくれないだろうな、と思った。が、連絡しないわけにもいかない。思い切って電話を掛けてみる。
呼び出し音が三回鳴って、通話になった。緊張して鼓動が速くなった。
「ミコ?」
耳元で彼の声が聞こえる。それが、私の胸をよけいにドキドキさせた。私は呼吸を整えてから、
「はい、ミコです。元気にしてる?」
「元気だよ。ミコも、変わりない?」
「元気にしてます。今日もクラブ、頑張った。再来月に演劇の県大会があるから、みんな気合が入ってるの。
えっと…話は変わるんだけど…あのね、光国。来月、東京に行くことになったの」
「え」
当然驚く。
「光国の同級生だった…のかな? 吉隅ワタルさんの演奏会を聞きに行くことになったの。アリスにチラシが貼ってあって、ミッコさんがチケットを取ってくれて。カセットに入ってた高校生の頃の演奏を聞かせてもらったんだけど、すごく良くって。えっと、『熱情』って曲。プロになって当然の音だった」
「そうか。聞きに来るのか。そう。オレとワタルは、中学一年の時同級生だったよ。合唱コンクールの時、オレが指揮者であいつが伴奏者だった。懐かしいな。あいつの伴奏のおかげもあって、オレたちは優勝した。
だけどさ、ワタルがピアノ弾いてるのって、その時しか聞いてないんだよね。何回か発表会に来てって言われたんだけど、どうも都合が合わないんだ。最後は、熱を出して…いや。そんなことどうでもいいな。
とにかく、オレはあいつに頑張ってほしいんだ。でも、オレその日は仕事なんだよね。残念。オケとやるなんて、めったにないことらしいのに。あー。聞きたかったな」
光国の声は、本当に心から残念がっている感じだった。吉隅さんの演奏を思い返して、一人頷き納得した。
「仕事なのね。残念。泊めてもらおうと思ったのに」
思わず口に出してしまった。すると光国は予想通り、
「泊めません」
やや強い口調で言った。ああ、やっぱりと思った。溜息が出た。
「えっと、それじゃあ、どこか適当な所を紹介してください。日帰りはちょっときついです。お願いします」
丁重にお願いをすると、「そうだな。訊いてみる」と言ってくれた。良かった。なんとかしてくれそうだ、と安心した。
「光国、ありがとう。頼りにしてます」
「はいはい。わかりました。ま、宿はともかくさ、次の日オレは暇なんだけど、ちょっと会おうよ」
光国の言葉に顔が赤くなった。鏡で見たわけではないが、絶対赤い、と確信している。
大好きな人に会えると思っただけで、こんな反応をしてしまう自分を、ちょっと可愛いかも、と思ってしまった。
「いいわよ。会いましょう。でも、あの……」
彼は有名人だ。カメラを持った人がねらっているかもしれない。撮られたら迷惑をかけてしまう。私はまだ中学三年生だ。ただの『恋人発覚』ではなく、犯罪的な取り上げられ方をする可能性さえある。
私がためらうと、今度は光国が溜息をついた。
「ま、いいや。おまえの言いたいことはわかるよ。ありがとう、心配してくれて。また決まったら連絡するよ。じゃあね」
通話が切れた。名残惜しくて電話を見つめる。まだドキドキしている。出会ってから四年経つというのに。
翌日連絡が来て、同じバンドの
「仕事が終わったら、オレもそのままツヨシの家に行くから、ツヨシの家でデートだ。いいな」
「それならいいです」
二人きりになるのは緊張するから、その方がいいと本当に思った。出会った頃は平気だったのに、今は変に意識してしまう。彼は絶対に問題になるようなことはしてこない。それはわかっている。でも、やっぱり意識しないわけにはいかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます