夏燕
@narusesora
横田夏海
クラスメイトの横田夏海が死んだ。
そんな朗報が耳に入ったのは、俺が教室の扉を開けてすぐのことだった。
クラス中がざわついて、何人かの女子がハンカチを握りしめ、顔に擦り付けながら泣いている。
いつもはいるはずの担任もまだ来ていなくて、ただならぬ空気が教室を包み込んでいた。
横田夏海。
俺の隣の席の女子。とは言っても関わりなどなく、いつも隅でノートに何かを書いているイメージしかない。腰の辺りまである長い髪で必死に隠して、なんというか、静かというか、陰キャというか。
俺にとってはただのクラスメイトであり、大した人物でもないので、涙だとかそういうのは出てこなかった。ただ、身近な人が死ぬ、というのは曾お祖父ちゃんが病気で亡くなった時くらいだから、イレギュラーな出来事すぎて戸惑った。
「おい、駿。」
俺の事をぶっきらぼうに呼んだのは友達の加藤だ。
心做しか目が赤いような気がする。
「横田さんが…事故で…」
「事故?」
「ああ。車に撥ねられたって。」
「気の毒だな、そりゃ。」
俺はそう返した後、リュックを肩から降ろし窓際の席に着く。隣の席に献花が置いてあるのを見て、つくづく気の毒だな、と思う。
それからHRが始まったのはいつもの時間より1時間も遅れてからだった。
夏なのに低く設定された冷房は全く俺たちを冷やしてくれやしなくて。
外はこんなにも夏らしい快晴だと言うのに、教室の重い空気はいつまで経っても晴れなかった。
そのまま一日が刻々と過ぎ、加藤と帰ろうと荷物を纏めていた時だった。
担任が俺らの方に向かってきて、悲しそうに言った。
いや、正確には、「俺」に言った。
「ごめんな、成瀬…これを横田さんの家に持っていってくれないか?」
先生の手にはプリントや教科書があった。
正直、うげ、と思った。
遺族に会うのも気まずいし、面倒臭いし、暑いし。
だけど断れなかった。
目の前で泣き崩れる担任を目の前にしたら誰でも断れないだろ。
「…わ、分かりました。」
横田夏海とそんなに仲良くないのに俺は加藤に急かされながら足早に向かった。
担任から受け取ったしわくちゃな住所のメモ書き。
こんなんで分かるわけないだろ、と思いつつ、必死に家を探した。
やっとのことで見つけた家は、至って普通の家で、俺ん家より少しデカいくらいの戸建てだった。
俺は意を決してチャイムを押す。
ジリジリと照りつく太陽は少し傾いて、暑さもマシになった頃。
何分待たされたであろうか。
「はい、」と細々した女の人の声が聞こえた。
きっと彼女のお母さんだ。
「隣の席の成瀬駿です。荷物を届けに来ました。」
そう言うと直ぐにドアが開き、身なりの整った小綺麗な女性が出てきた。
荷物を受け渡し、もげそうだった両腕が解放される。
「わざわざありがとう。」
受け取ると直ぐにガチャンと扉を閉められてしまった。
その時だった。
ぱさ、と何かが落下する。
よく見ると、それは彼女が一生懸命書き、大切に保管していたノートだった。
俺はゴクリと息を飲む。
一体何が書いてあるのか、知りたい。
謎に満ち溢れた彼女の秘密を、知りたい。
欲望に負け、俺は何も言わず拾って足早にその場を去った。
「勝手に読むなんて、横田夏海が知ったら怒るかな。」
俺は空を見上げる。
真っ暗な空に1粒の星が瞬いていた。
夏燕 @narusesora
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