第5話

「高橋君ちょっといいか」


朝のホームルームが終わり、1時間目の授業の準備をしようと教室の外にあるロッカーに物を取り良くふりをして人のいない教室から脱出しようとしていた頃だった。黒板の方から嫌な声がし、恐る恐る見てみると案の定今浪先生がこちらを見ていた。俺は身柄を抑えられた容疑者のように供託へと向かっていった。


「どうしましたか」


「部活には入らないのか」


「今のところは入らないつもりです」


「そうか、別に無理にとは言わないが部活に入るのも悪くないぞ。もし心変わりしたならいつでも言ってくれたまえ」


「わかりました」


(何でここまでしてこの人は部活に入れたがるのか、確かこの学校のパンフレットに生徒の入部率が99%以上という売り文句がでかでかと1ページに書いてあった気がしたな。きっと部活動に入らない生徒がいたら教師側に何らかのペナルティがあるのだろう。これからしばらくは部活の押し売りが始まるんだな)


 授業の準備をするため廊下にあるそれぞれに割り振られたロッカーの中に物を取りに行った時、つい天の川に見惚れてしまった。こちらに気づいた少女は慌てて教室の中に逃げて行った。落ち込みながらロッカーの物を逃げて行った少女を追うようにして隣の席に置くと、右側から少女の声が聞こえた。


「あの、真翔くん」


してるはずのない耳栓をしてないことをしっかりと耳で確認しながら少女のほうを見た。


「この前はありがとうございました。これ、借りたお洋服です」


差し出された紙袋の中には菓子折りが入っていてその上に白い封筒が入っていた。中の妹のお気に入りの下着が見えないように洋服一式が巾着袋に入っているようだ。


「わかった、この上の箱はお礼の品ってことでいいの」


「はい、そうです」


(この菓子は結衣が喜びそうだな)


 その後ロッカーまで1往復して席に着いた。


 外に見える高積雲はいつも通り浮いていた。


 4月も終わりかけているある日の昼休み、俺は一人楽しく親が作った弁当を頬張っていた。親が作る弁当は弁当箱一杯に食材が入っていて、特に今日は今にも溢れ出そうなほどにたくさん入っていた。そんな食べにくい弁当を食べ終え、鞄の中から携帯を取り出そうとしたときに傾けた体にぶつかる人差し指があった。その指の持ち主は大事そうに左手の指を抑えていた。


「あの、私が休んだ時に何かあったんですか」


「何でだ」


彼女はいつも通り賑やかな教室で誰かに命を狙われているかのように静かに言った。


「今日、クラスの雰囲気が悪い感じがします」


(感じていたのは俺だけだと思ってたけど他の人もわかるものなんだな)


「実は金曜日に…」


俺は金曜日にあった窓ガラスが割れたこと、そのガラスでクラスの人がけがをしたこと、その前後のこと、すべてを話した。話し終わった頃には5時間目の授業が始まる時間になっていた。彼女はこの話を聞いて何を思ったのか、俺にはわからないままだった。


 放課後、居心地の悪いこの場所をいち早く離れようと一番最初に教室を出ると、後ろから怒鳴り声が聞こえた。すぐに耳栓をして聞こえないふりをした。


 暗雲立ちこむ帰り道、潤った耳に異世界からの声が聞こえる。


「……くn…とくん…真翔君‼」


左の肩に強い衝撃が来て、振り返るとそこには同じ制服を着た俺より10センチほど身長が高いであろう顔が整ったイケメンがいた。そいつはかなり息が荒くなっていた。


(こんなイケメンがわざわざ走ってまで追いかけてきて俺に声をかけるなんて、とうとう俺の時代が来てしまってのか。さすがの世界でも少し気づくのが遅すぎなんじゃないのか、俺じゃなかったらキレられてるなこれ)


「なに」


「実は今、君が学校にいないから大変なことになってる。お願いだ、ついてきてくれないか」


「何があったんだよ、俺が何かしたのか」


「ここで説明するより現場を見た方がきっと早いと思う」


「なんか怖いんだけど大丈夫か」


「大丈夫、何かあったら俺が守るよ」


 俺はときめきかけながらそいつの後ろを歩いた。

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