第4話
昨日妹に財布の中身をほとんど持っていかれたせいで本日土曜日に予定されていた『みんな仲良し、ボウリング大会』という高校のクラスの生徒で行われる親睦会に参加できずにいた。
(昨日、結衣のやついつにもまして機嫌が良かったな。まぁそのおかげなのか理由を話したら簡単に許してくれたからよかったが。…それにしても急に予定が無くなると暇だな、受験勉強であまり運動できてなかったから少しその辺ランニングでもしてくるか)
以前までは週に1回ランニングをしていたが受験生の大義名分である勉強という超まじめな物事に本格的に取り掛かるにあたって仕方なく運動しなくなっていった。久しぶりに走る街の中は何一つ変わらない景色だった。
(あれ…こんなにきつかったっけ…公園の給水所までは余裕で走れてたはずなのに…まだ半分じゃん…もしかして俺…歳か⁉)
そんなことを考えて走っていたらいつの間にか公園に着いていた。公園の中に入り水を飲んで、いつものように近くにあるベンチで休んでいると、金髪で巻き髪、さらに白い肌というどこかの物語の中から出てきたんじゃないかというほどテンプレな女の子が右往左往しながらこちらに向かってきて、俺の前に堂々と仁王立ちをし、はっきりとこう言った。
「そこ私の場所なんだけど」
「どういうことですか」
「ここいい感じに暖かいから11月から6月までは私の場所なの、わかったなら早くそこどいて」
(なんということだ、11月から6月なんて俺がこのベンチで休憩する期間と被ってしまっている。ここは俺が前々から見つけていた最高のポジション、まさかほかの人に見つかってしまうなんて…もしここでこの位置を譲ってしまったら俺はこれからランニングするたびに寒さとの戦いになってしまう、絶対にこの場所は守って見せる)
「この場所は…」
彼女に反論しようとした俺に金色の艶やかな糸が勢いよく落ちてきた。
太陽の仕事が一日の後半に差し掛かった時、俺の膝の上には物語のお姫様の頭が乗っかっていた。
「おい、どうしたんだよ、大丈夫か」
「心配するなら早くそこをどいてほしいんだけど」
彼女の倒れ方はとても演技を疑う余地はなかった。ベンチの上を渡し彼女に話を聞いた。
「どこか悪いのか」
「大丈夫、私低血圧なだけでいつもここで散歩の途中に休んでるの。今日はうっかり寄り道をしちゃったってわけ」
「そうか、それは大変だな」
(低血圧なのか、そういえば昔に友達と遊んでた時俺が柵に頭をぶつけて血が大量に出た記憶がある。その時自分の頭から出る血を見て死を覚悟したな。気を失って気づいたら病院のベットの上で、少し歩くだけですぐにフラフラになるほどに血圧が低くなってた。この子は今その状態なんだろう)
「それよりいつもいなかったのに何で今日に限ってここにあんたがいるのよ」
「ランニングの休憩だ」
「そう、じゃあ早く行かないと足に乳酸たまって走れなくなるわよ」
「さっき目の前で人が倒れたんだ、この場を離れられるわけないだろ」
彼女の刻むリズムが遅くなるのを感じた。
「あなたってロリコンだったのね」
俺はこいつを置いて家に帰ろうとか思った。
それからは一言も話さないまま時間が経過した。彼女は見た目に似合わず老婆のようにゆっくりと立ち上がり水道の方へと向かい、蛇口をひねり彼女のもとに透き通った水が向かっていく。その水に彼女は腰を丸めてキスをした。その光景はどこか現実離れしたファンタジーの世界の姫のように見える。その後、彼女は『ありがとう』その一言を残してまっすぐに公園を出て行った。
いつもより長い時間をかけて帰る道のすれ違う人たちはなんだか嬉しそうに見えた。
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