第3話

汗をかいた体のせいか湿度の高い更衣室をいち早く抜け出して帰路についた。


「ただいま」


「お帰りお兄ちゃん」


そう言葉を交わすと妹は俺を避けるように部屋に戻った。

(なんか今日、結衣ゆいのやつそっけないな、きっと学校で友達と喧嘩でもしたんだろう、あとで何があったか少し探ってみるか)


 部屋で漫画を読んでいると扉が3回ノックされて開いた扉の向こうには妹が立っていた。


「お兄ちゃんちょといい」


「何かあったのか」


「私の服がなんか無くなってるんだよね」

俺は一瞬にしてすべてを察した。朝とは違う暗い妹の表情、帰った時のそっけない態度、つまりこれは俺が原因だ。


「しかも、洋服一式が丁度無くなってて下着も気に入ってたやつが無くなってて…」


「それは残念だったな、きっとそのうちまた出てくるよ」


俺の体中から汗が噴き出していた。


「実はね、漁られた痕跡があって、私いつも引き出しは半開きのままにしておく癖があるんだけど、学校から帰ってきたらちゃんと閉まってたの」


「そ、そうか、それは怖いな」


「お兄ちゃん…隠してないで自白しなよ。汗だらだらだしキョドりすぎてて気持ち悪いよ」

(がぁぁぁぁ、俺ってそんなに顔に出やすいタイプなのか、いや、むしろ出にくいタイプだと思う、小学校の担任にも『もっと表情豊かにしましょう』と通知表に書かれるくらいだ。だとしたらさすが俺の妹だな)


「ゆ…結衣…これには訳があって…」


そこまで言ったところで勢いよく扉が閉められた。


(俺の人生は今をもって終わってしまった。神様、次は動物園でちやほやされるパンダになりたいです。だけどここまで積み重ねてきた人生だ、とりあえず最後までやることはやろう)


 俺は妹の部屋の前でひたすら謝ったが中から反応はない、ノックして入ろうとしたが扉が1ミリも動かなかった。


 いったん部屋に戻ってじっくりと作戦を練ることにした。


 部屋に戻って作戦を考えてるときふと小腹がすいてリビングへ食べ物を探しに行った。冷蔵庫の中を見ながら自分の好みの食材を探していると、昨日の夜ご飯の残りの漬物が目に入った。


(これはラッキーだな、確か冷凍庫の方にご飯があった気がしたな、これで漬物ご飯で夜ご飯まで耐えることにしよう)


 レンジで解凍した白米は出来立てのような湯気を上げながら今すぐに『俺を食べろ』と言わんばかりにそこに光り輝いていた。そこに冷蔵庫から出した漬物を乗せ口へ運んだ。口の中で漬物のしょっぱさとあたたかい白米の甘みが混ざり、無駄な味が一切ない純粋なおいしさ。すぐに口の中から消えてしまう味に箸が止まらなくなってしまった。気づくとお茶碗の中には白米は残っていなかった。


(白米に漬物を乗せただけなのにこんなにもおいしくなるとは、おいしさというのはここまで人を豊かにされるのか、食事というものはとても素晴らしいものだ)


 俺は妹の部屋の前に立ち、扉に向かって話しかけた。


「なぁ結衣、今から俺コンビニ行ってくるんだけどなんか食べたいものないか、何でも買ってやるぞ」


 中の音が急に騒がしくなった、と思ったらゆっくりと扉が開き、その奥には満面の笑みの妹が佇んでいた。


「行こ、お兄ちゃん」


「お、おう…」


(なんだこいつ、急に態度変えるじゃん、最初から何か買ってもらうのが目的だっただろ絶対、こういう図々しく生きるところはとても素晴らしいと思うんだけど立場的になんか微妙な気分…なんだこいつ)


「いらっしゃいませー」


挨拶を快く全身で受け止めて店内の奥に足を延ばした。

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