映画完成

 二学期の始業式で映画をお披露目したいと言っていた彼女の願いは叶わなかった。無念にもお披露目の場は彼女の葬式になってしまった。主演では無いものの度々出てくる彼女の天真爛漫な笑顔は葬式に訪れた人の心に深く刻まれたことだろう。

 僕たちは部員全員でお通夜と葬儀に参列した。どうにも彼女の死を受け止められない。またいつの日か彼女の温かさに触れることができるのではないか。またいつの日か一緒に映画を撮れるのではないか。またいつの日かどうでもいいたわいのない会話を永遠と続けられるのではないか。恋人として何一つとして恋人らしいことができなかった。

 わかっている。日常は一瞬のうちに跡形もなく崩れ去っていってしまうことなど。わかっている、わかっている、わかっている…………

つもりだった。


「あなたが大輔くん?」


 葬儀場の外で空を見つめていた僕の前に両親と年齢が近しい女性が立っていた。気づかなかった。僕は目に溜まった甘みを含んだ水分をすぐさま拭き取った。


「はい。高尾 大輔です」

「やっぱり。つばめからよく話を聞いていたわ。あ、ごめんなさい。つばめの母です」

「つばめさんのお母様ですか。この度はご愁傷様です」

「ありがとう、つばめの夢を叶えてくれて」

「そんな、僕は何も」

「少し時間、よろしい?」

「はい」


 僕は彼女の自宅に招かれた。初めて訪れた彼女の自宅。彼女はいない。もう帰ることのない彼女の我が家。そこで僕は見たことのない彼女の本当の姿を知った。

 

「これがあの子の最期の写真」


 そう言われ、渡されたのは写真からでもわかるほどもがき苦しんでいる彼女、いや、つばめに似ている人の一枚の写真だった。


「想像もできないでしょう、これがあの子だって」


 それから、彼女が長い間、病と闘い続けていたこと、彼女の映画好きは長い長い入院生活によって生まれてしまったこと、彼女が僕を好きになってしまって最期までその苦しさを両親に嘆いていたことなどつばめが最期の最期まで僕に隠し通した真っ黒な部分を聞いた。

 聞いている間、僕の涙は一筋も流れなかった。この時、自分の中の哀しみがキャパオーバーしたのだと察した。

 気がついた時には自分の部屋のベッドの上だった。

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