夏の熱さ
夏の暑さが身体を昂ぶらせる。そんな夏だったらよかったと思う。夏休みに湊と一緒に灼熱の映画制作部の撮影現場に訪れた。撮影開始前から汗が止まらない。同じく額に水滴ができている高梨さんから渡された資料に目を通す。僕は顔を出さなくなっているのに副部長の欄には僕の名前が残っていた。自分の今までの行動が馬鹿馬鹿しくなってきた。些細なことで怒って、勝手に嫌って、相手の気持ちも知らぬまま逃げていた。
撮影が始まる前、僕は頼み込んで映画制作部の部員の前に立ち、改めて(?)自己紹介をした。三ヶ月前までたった五人しかいなかったのに、五十人近くの人がそこには居た。
「高尾 大輔です。今まであまり部活に参加していなかったので、知らない人も多いと思いますがこれからよろしくお願いします」
冷ややかな反応をされると思っていた。しかし、五十人近くの部員は僕の予想を裏切ってくれた。僕が受けた温かな拍手は戦友の帰還を祝う最高のものだった。それから始まった撮影は高梨さんと僕を監督、湊と美波さんを主演とし、命を題材にした高校生らしからぬ考えさせられる脚本だった。
「これ、誰が書いたの?」
「つばめさん」
「高梨さんなの!これも自分でやったの?」
「うん、手伝おうかとは言ったんだけれど大丈夫って」
湊の話を聞く限り、撮影の段取りや場所の確保などほとんど全て高梨さんが行ったようだ。改めて僕はもの凄く大変な能力を持つ神様と出会ってしまったと感じた。
「脚本見たよ」
忙しそうな彼女に話しかけた。本当は少し話かけようか躊躇していた。だけれど、僕の中の久々に会話をしたいという願望が優った。
「どうだった?」
「よかったけど、高校生のものとしては重いかなって」
「そうだよね。出来上がったものを読んでみたら自分でもびっくりするぐらい重っ、て思ったからね」
「でも、ありがとう。覚えていてくれて」
「だって、大輔がいなかったら今の映画制作部は無いからね。最初の頃に二人で作りたい作品について話したことは忘れてないよ」
彼女の中に僕は変わらず存在していた。何気ない会話を覚えていたことだけでも嬉しかった。それなのに僕は彼女を三ヶ月も殺し続けていた。
「つばめ」
「え、つばめ?」
「そう、つばめ。今まで本当にごめん」
「ごめんって、それは私が……」
「いや、違う。僕が根本的に悪い。独りでに嫌悪感を抱いて、逃げて、相手の本心を知ろうともしなかった」
「大輔……」
頬に温かく流れる砂糖水。自分でも何で流れているのかわからない。ポケットからハンカチを出そうとした時、優しく、温かな良い香りを纏った小さな衝撃が僕の身体を包み込んだ。
「大輔、やっと“つばめ”って言ってくれた」
彼女も同じく頬に砂糖水を流している。そして、僕も彼女を包み込んだ。炎天下の暑さなど微塵も感じない。ただそこには恋の熱さだけが僕たち二人を祝福するかのように包み込んでいた。
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