学級

 彼女と下駄箱で出会ってから一ヶ月が経つ。あの時、僕はすぐに彼女の懇願には返事ができず、連絡先を交換して別れた。どうしようかと思いながらInstagramを見ているとバドミントン部の友達が投稿した春休みの合宿の写真が流れてきた。どの写真からも辛さはなく、楽しさが溢れていた。それを見ていると自分は逃げた先に彼らのような楽しさを見つけ出したのかと言われているようで胸が苦しくなった。その苦しさを紛らわすように彼女にメッセージを送った。


『映画を一緒に撮りたい』




 自堕落に家でゴロゴロしたり、友達と遊びに出かけたりした春休みは終わりを告げ、新学期がやってきた。学年が上がり、クラス替えも行われた。学校のあるいつもの日と同じように下駄箱で靴をサンダルに履き替える。クラス替えの紙が貼られている二年棟に向かう。あの彼女と会えるかもと思っていたが、会うことがないまま二年棟に着いてしまった。二年棟前の張り紙の前には同心円を成すように人集りができている。僕は一番後ろの円周から背伸びをしたりジャンプをしたりして何とか自分の名前を張り紙の中から探そうとするが、自分の名前は愚か誰の名前も確認できなかた。


「お前、どうした?後ろでピョンピョン跳ねて」

「いや、頑張れば見えるかなぁって」


 小学校から一緒で高校ではバトミントン部に一緒に入った友達、黒見くろみ 浩二こうじが笑いを抑えながら話しかけてきた。


「張り紙の画像いる?」

「え、欲しい!」

「わかった、今送る」


 ポケットから携帯を取り出すと画面が光り、浩二から画像が送信されたことを知らせる通知が来た。


「ありがとう」

「黒見〜」

「どうした?」


 浩二が振り返った先にはバドミントン部の同級生がいた。その中の一人と目が合い、咄嗟に逸らしてしまった。まだ、僕の中には何も言わずに部を辞めたことに無意識のやましさが残っているのだろう。もう、バドミントン部の同級生は部を辞める前と同じように接してくれるようになったが、自分自身が心のどこかではまだは辞めたことを受け入れられていないのかもしれない。


「あ、大輔、何で目逸らすの?」

「え、いや、逸らしてないって」

「いや、絶対逸らしたよ。顔に出てるって、かわいいやつめ。ところで大輔は何組になった?」

「ちょっと待って、まだ自分のクラス確認してないから」


 浩二にもらった画像から自分の名前を探そうと一組から順に見始めるが、中々高尾 大輔の文字が見つからない。


ひろしは何組だったの?」

「俺は二組。あれ、浩二は何組?」

「四組」

「四組かぁ」

「何か悪いか?」

「何にも」

「あった。やっと見つけた」


 高尾 大輔、この名前が書かれていたのは五組だった。高校卒業までの高校生活のホームグラウンドが決まった。同じクラスにはバトミントン部の人はいない。それに関しては少し気が楽になったが、知り合いがほとんどいなかった。去年まで同じクラスだった人も何人かいるが、そこまで親しく接してはいない人が多く、この先が思いやられるクラス替えとなった。

 教室前に掲示されている座席表を確認して自分の席に着いた。真ん中に近い列の後ろから2番目、何とも言えない席である。欲を言えば、窓側の一番後ろの席、自分の存在を隠せる席がよかった。

 席に着くなり、教室内にいる新たなクラスメイトの顔を見渡すが知っている顔はほとんど見当たらない。横の人も前の人もこんな人学校に居たんだと思ってしまう有様である。そこへようやく顔見知りの人が教室に入ってきた。その人はどんどん僕のところへ近づいてくる。別に顔を知っているだけでそんなに話したこともないし、連絡先を持っているだけの人。その人はそのまま僕の横を素通りして後ろの席に座った。


 下駄箱で話しかけられ、映画をこれから一緒につくるであろうあの彼女が僕の後ろの席に座った。そこで初めて彼女の名前を知った。高梨たかなし つばめ。初めてよく見た彼女はとても凛として美しかった。

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