置き場

 部活を辞めたことで部室という便利な存在を失った。普段、登校時に裏門を利用している僕からすると下駄箱よりも裏門に近い部室は靴置き場としてとても重宝していた。小学校から一緒のバドミントン部の友達にお願いして使わせてもらおうかと考えたが、逃げたのにそのような態度の大きい考えを少しでも思い浮かべたことに恥ずかしくなった。

 部活を辞めてから僕の毎朝の下駄箱通いが始まった。別に、部室と比べてそんなに距離が離れているという訳でもない。ただ楽をしたいが為の安易な考えだった。

 そんな逃げた僕にも春は当然のように訪れた。少し眠い目を擦りながら携帯を片手に靴を下駄箱にしまい、学校指定のサンダルに履き替えている。いつも通りの毎朝の作業をしていた僕にほんの些細だけど、人生の分岐点であろう変化が身に降りかかった。


 下駄箱の戸を閉めた途端、手から携帯が滑り落ちた。本当に些細なことだった。まぁ、落ちた床がただのフローリングだったらパタンと落ちただけだっただろう。だが、カーペットの上に落ちていった携帯は見たこともなく、こんなに跳ねるのかと思うほど落下の瞬間に跳ね、隣で靴を履き替えていた多分隣のクラスの女子の足下で止まった。


「すみません、その携帯、僕のです」

「あぁ、はい、ちょっと待ってくださいね」


 そう言って、彼女はサンダルに履き替えて、しゃがみながら僕の携帯に手を伸ばした。持ち上げられた僕の携帯は下に向かって光を発している。別にやましいものを見ていたわけではないが、携帯の画面を見られたくはなかった。

 『見ないでくれ』と願いながら彼女の行動一つ一つを見守った。彼女は立ち上がり、携帯を僕に渡そうと再び手を伸ばす。

 『あと少し』と少し気が緩んだ。その時、彼女は僕の携帯を反転させて渡した。その上、彼女の視線は携帯の画面へと降り注いでいた。


『あ……』


 心の声が漏れた。


「あ、ありがとうござ……」

「それって……」


 僕のお礼の言葉を遮りながら彼女は僕の携帯へ向けて指を指した後、鞄を漁り始めた。


「どうかしましたか」

「いえ、そんな大したことではないですが…………あった」


 鞄から携帯を取り出した彼女は少し操作した後、僕に携帯の画面を見せてきた。


「勘違いっていうか違かったら申し訳ないんですが、映画お好きなんですか」


 見せられた画面に目が行き、質問に答えるどころではなかった。


「これって……」

「ワイルドスピードの本物の車なの?」

「はい、アメリカまで行った甲斐がありましたよ」

「え、ど、どういうこと?」


 興奮を隠し切ることが出来なかった。サンダルに履き替えながら僕が見ていたのはワイルドスピードの劇中車が静岡に集まることについての記事であり、それは僕が映画好きになった映画でもある。その劇中車と前に立つ彼女が同じ写真に収まっている。どんなことよりも羨ましい限りで、初対面なのにも関わらず、彼女にとても嫉妬を覚えた。


「あの、それでお願いというか協力して欲しいことがあるんですけど」

「ん?」

「私と一緒に映画を撮ってくれないでしょうか」

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