玄鳥が天高く舞ったあの空をもう一度。

ばみ

あの夏とあの夏の未知の分岐点

 辛さの先には幸福が待っている、確かにそうなのかもしれない。しかし、僕はその幸福に着くまで待てなかった。



「あと二分、ペースを上げろ」


 もう何周目だろうか。体育館の中央部から部員を鼓舞する?いや、追い込むコーチの声が体育館中に響く。額や背中を流れる汗が気持ち悪い。正直、すぐに辞めたいぐらい辛い。入った部活を間違えたと入部後、一、二ヶ月で解った。だけど、誰一人として辛そうな顔をして走っている部員はいない。自分のペースとは反比例に他の部員のペースは上がる。追いかけていた背中は消え、横から再び生まれる、一度も自分は追いつくことがないまま。


「大輔、ちょっとこっちに来い」


 毎度のことだ。五分完走が終わればコーチの元に呼ばれて、色々と愚痴られる。何で他はあんなに速いのにお前はそんなにも遅いのか、本気で取り組んでいるのか、バドミントンをバカにするな、パワハラや体罰と言ってしまえば簡単にこのコーチを貶めるのかもしれない。でも、そう言って僕には何か恩恵があるのか。多分、コーチがいなくなると同時に僕は他の部員から除け者扱いされる。この部員の中には今年からこの部を指導するこのコーチを目当てに高校へ進学した人も数多くいる。そう考えていると何も行動できず、自分の現状を受け入れるしかなかった。


 それから数ヶ月、季節は冬が終わりに差し掛かっていた。その頃、一年生のみのシングルの大会があった。この大会が終われば、本格的に二年生の先輩方の最後の大会へ向けて始動する。

 僕はその大会を無事、初戦敗退で終え、翌日、顧問の先生を訪ねた。


「大輔が来るなんて珍しいな、それでどうした?」

「部活を辞めたいです」

「そうかぁ、お前の技術はかなり筋があると思うんだがなぁ」

「すみません」

「何も謝ることはないよ。大輔のことだから何か理由があるとは思うし、それに大輔の意志に私は何か言えるようなものでもないからな」

「すみません、ありがとうございます……」


 そのまま、僕は先生に一礼をしてその場を離れた。それから携帯を取り出し、部活のトークグループを何もメッセージを送ることなく退会した。これで中学からのバドミントン生活に終止符が打たれた。

 解放感と達成感が身体を包み込んだまま、一人帰りの電車に揺られていた。携帯には僕がトークグループを退会したことに気づいた先輩や同級生たちから実状把握のメッセージが舞い込んでいる。僕は既読をつけることをもしないまま放置した。

 家に帰り、親に事後報告をした。別に何かを言われることは無かったし、負担が減ると笑顔を見せていたが、その笑顔には少し淋しさを含んでいたような感じもした。

 翌日から学校ですれ違うバドミントン部の人全員に『バドミントン辞めたの?』と言われ、『ごめん、辞めた』と言わなければならなかった。しかし、それも数日続けばもう言われることはなくなった。それからはもう、ダラダラと汗を滝のように流すこともなく、身体が辛さを感じることもない日々で生活は華やかになった感じがした。

 それが長く続けばよかったのだが、辛さから逃げた僕の希望は一枚の写真によって儚く散った。

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