3-9:泥棒にご用心

「──ォ、───おぇ、」

 朝食べた胃の中の物が全て口から外へ吐き出されていき、胃液特有の酸っぱさと気持ち悪さが口の中を埋め尽くすと、また次の波が来る。その意味の無い嘔吐という行為をトイレでしていた。

 ───意味の無いというのは比喩でもなんでもない、こんな吐いたとしても何も解決しないし、何もスッキリしない。

 無意味。

 無意味といったら考察なんて無意味だったんだ───僕のような凡人以下の欠陥品が名探偵気取りで大口を叩いて犯人にしてやられて今こうしてなんの意味もない時間をただただ過ごしている自分が情けない。

 トイレを出ると、エルさんが駆け寄ってきた。

「イルは運ばれたらしい、命に別条はないって言ってたから安心してくれ。エルザさんは───残念だったよ」

 もうどうでもいい。

 俺には解決できないということだけが明確にわかっている事で、それ以外は全く分からない

 共通点も見えない。

「それと、」とエルさんが切り出して僕がセンチメンタルになってトイレで嘔吐していた時に行われていたみんなの様子について説明してくれた。

 みんなの意見としては、犯人はイルさんで間違いないということだった。なぜ被害者のイルさんが犯人だという話になっているかと言うと三人の中で一番軽傷だからだ。

 今回は密室で完全セキュリティのエルザさんの部屋から出入りするのは無理がある。

 エルザさんを殺してバラバラにして自分にナイフを刺せば被害者のフリをして運ばれれば、目的の意図的にこの場から去るという行為ができるようになるというとのことだった

 もうそれでいいじゃないか。

 黙って見てようぜ

 犯人からもそう言われていただろう?

 何も僕が解決出来なくても誰も僕を咎めたりしないし、解決できたとしても何が変わる?

 アリスさんや、エルザさんが生き返る訳でもないのに。

 そろそろ自分の役職を把握したらどうだ、無能。

「イルは刺されたことも、ましてや怪我をしたこともないんだ。だから多分、初めて刃物で刺されて痛みで気絶したんだと思う」

 はあ。と、興味なさそうに、というか興味なくエルさんの話しを聞き流している。

「───、う──っ」

 さっきまでの光景をふと思い出して吐き気が上ってくるのを全力でこらえる。

バラバラになった母さん。

 だが、明確には違う。胴だけはそのままで足と手と顔がバラバラにされていて、その胴の腹にはちゃんと傷があった───1本の姉さんにもあった線が。

 ハラキリ。

 全員の共通点。それは腹に絶対傷があるという点だ。

 バラバラにしたのにわざわざ腹だけに傷をつける意味とは?

 犯人はよく犯行に共通点を残すとよく言われているが、本当にその類なのか、それともちゃんとした理由があって、

 理由、が、

 あって?

 腹を切って統一性を持たせる意味。

 なぜバラバラには出来るのにわざわざ腹に傷を残すのか。

 喉まで出かかっているのに、

 理由がある、か。

 その線で行くとまだ謎がある例えば───

 なぜエルザさんだけバラバラにした?

 イルさんはバラバラにせず、軽傷でなぜバラバラにした?犯人は木又家にいて身内を庇うため、違う。

 あの部屋は密室。

 ううん、やっぱりわからない。そもそもバラバラにするのに理由とか意味とかはなく、普通に晒しあげたかったからなんじゃないか?

ここには魔力が強い貴族達が集まっている。不自然が自然という場所だろう。なのに凡人の俺がいくら考察してもわかるわけが無い。

 とりあえずエルさんに「ありがとうございます」とだけ例を言って自分の部屋に戻る。

 もう寝て、現実逃避でもしよう

 寝るのは好きだ───なぜなら現実と一番遠いから

もしかしたら寝てる時に犯人が、天才の泥棒が僕のことを殺すのかもしれない。

 腹を切って、

 内蔵を出すかもしれない、

 バラバラにするかもしれない、

 ただ腹を刺されるだけかもしれない、

「まあ、いいか。」俺は自分の思考にそうやって蓋をして自分の扉の前に立ち、ドアノブを捻ってドアを開けて俺は部屋に入り、ドアを閉める。

「───」

 なにか引っかかる。ただ、ドアの開閉をして部屋に入っただけなのに。

「?、鍵がかかって───」

 振り向く。

 ソレは黒のロングコートを羽織っている黒縁メガネをかけた青髪のショートヘアで淡々とり

 こちらを見てにやにやしながら、

 幸せそうに。

 まるで、自由そうに。

「ふふ。───やあやあ。やっと来てくれたかい?まあ適当なところに座ってよ探偵のお兄さん」

 まるで俺のものを自分のもののように。

 俺の部屋を自分のもののように。

 違った───怪盗よりも自由度が高いからという理由で泥棒と名乗っていると思っていたけれど、こうして俺の部屋に入り、まるで自分の部屋のようにくつろいでいるこの青髪ショートヘアの泥棒を見てぼくは自分の部屋を盗まれたとは感じない

 盗まれたんじゃあない。

 ────奪われた。

 俺は泥棒の言われた通りに俺の部屋もとい、彼女の部屋の適当なところに座るしかなかった

 大泥棒、水尼木奉参上と言った所か。

「まず断わっておきたいんだけど、この屋敷で起きている一連の事件に私は一切関わっていないよ。探偵のお兄さん」

 彼女はそんな出だしから俺と向かい合った。向かい合ったとは言っても彼女はベッドの上で僕は床、見下ろされていると表現した方が正しいだろう。

「関わっていないって、そんな証拠があるのか?」

 初対面には敬語を使えという教育を施されてきたが泥棒相手に敬語も何にもないだろう。

「いや、ちゃんと予告状に書いたと思うよ?私の目的はエリア・アラスタルの悠久の宝石ですって、アリスさんとエルザとイルさんを殺してなにか私にメリットがあると思う?」

「けど、嘘だって可能性もあるじゃないか。悠久の宝石とやらに意識をいかせてその間に殺す寸法じゃなかったのか?」

 やれやれ、と肩をすくめるような仕草をして「私は嘘を着いたことはないんだよ。お兄さん」

 しるか。

「というかさっきからお兄さんお兄さんってなんでお兄さん呼びなんだよ」

「そりゃあ私より年上だからだよ」

「いやまて、俺は今年で16だぞ。今何歳だ?」

「レディに歳を尋ねるなんて礼儀に反す思うな」

 レディの前に泥棒だろ。と思った時に突然、泥棒はベッドから立ち上がり、俺の方へ手を差し出してくる。

「ならば私が犯人を当てる手伝いをしよう。そうすればアリバイなんてなくても疑いは晴れるだろう?」

 まあ確かにここで協力者が増えるのは実際のところとても助かる。

 いやいやいや。相手は泥棒だぞ?危ない危ない。人心掌握とはこのことか、てっきり友達感覚で話してしまっていた。心まで奪われたら溜まったもんじゃない。

「犯人なんて分かるのか?」

「私は言ったと思うけど?手伝うと。まああの密室殺人のやり方はわかるけど」

 流石に犯人がわかるわけが無いよなあ、あくまでも手伝うという名目───

 ?、密室殺人のやり方がわかる?

「密室殺人って母さんとイルさんの!?」と、驚いているが、それに反して泥棒は「他に何があるの?」と呆れているようだった。

「でも方法を解いても犯人が誰かはわからない。とすると私の目的である犯人当てに直結はしないんだ。無償でやるほど私は人が良くない、なぜなら泥棒だからね」

 ちょいちょい。と、親指以外を折ったり伸ばしたりしている。要はなにか言えということだろうか。

「ええと、お願いします?」

「おいおい、私は泥棒なんだけど?」

 ああそうか、ものをよこせということか。俺はとりあえずそこら辺の時計を差し出した。

「ふうむ、普通の時計だな。」

 目がこんなんで喜ぶと思ったか?と言っている。

お宝、か。僕にとっての大切なもの、よし、これだ。

「なに?これ、モニジンの花弁じゃないか」

「大事なのは中身ってよく言うだろ」

「価値があるの!?」

 そう期待を胸にして泥棒はモニジンの花弁に魔力を注ぐ。ウズキさん、シワスさん、シモヅキさんを初めとしたメイドの意外な一面を撮りおさえた写真。

 中でも逸品はあのフミヅキさんが野良猫を見て幸せそうに笑っている愛くるしい写真で───

 窓の外に泥棒はモニジンの花弁を放り投げ、放物線を描いて二階の部屋から地面へと着地、というか墜落。

「何してくれてるんだ!」

「価値なんてあるわけないじゃないか!」

「この屋敷で一番あるね。これがテリアから高値で売れるんだよ。」

 盗撮魔と泥棒。

 なかなか相性が合うんじゃないか?

「もう、いじわるしないでほしいかな。私が欲しいのは悠久の宝石だよ」

 あー。確かそんなことを言っていたっけ。

「わかった、支払いは後払いだけどいい?」

 構わないよ。と、泥棒は静かに言った

「さて、では始めようとしようか。天才泥棒の推理を」

 にやり。と笑みを浮かべている泥棒を見て、俺は───奪われたと思った

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