3-7:モブおじは考える

 さて、どうしたものだろう。

 あんなに高らかに宣言しておいてなんだが、俺は探偵の才能なんてものはない。徹頭徹尾意味不明である。

 だってただのモブおじだし。

 まず、アリスさんを殺せる状況下。それはモニジンに映らず、敷地の中心に行けてなおかつ逃げれることなのだが、外に出ていく人なんてのは見逃すわけが無いし、逆に帰ってくる人も見逃さない。

となると敷地の外へ逃げたと推測できるが、アラスタル邸よりも塀や、門の方がモニジンの数が格段に多い。多分、死角なんてほぼないだろう。

 そうなるとその場にいた説が一番有力か。

 そう思ってアウトドアウェディングの会場を死体発見後のすぐに探したが、誰一人としていなかったんだっけ。

 ううむ、どうしたものか。

 入れもしないし、出れもしない。希望としては俺のその場にいた説の捜索に抜けていたところがあったという可能性が一番高い気がする。

 密室殺人の反対なはずなのに密室殺人と考え方は似ているような気がする。

 方法は分からない。じゃあ犯人の方を当てに行くとしよう。と、俺は解答がわからない問題を飛ばすようにして方法の推理を後回しにした。

「怪盗、いや、天才の泥棒だっけか」

 今朝、予告状を出してきたあの泥棒。

 侵入はさっきも考えたように塀などから入ることは不可能。

 つまり───この親族の中に変装しているということだろう。

 だから怪盗じゃなく、泥棒。

 怪盗は人を殺さないというポリシーというか、セオリーのようなものが世間には根付いている

「泥棒は───殺してもいいもんな」

 でも、天才の泥棒というのは本当らしい

 結婚式に親族が集まることを利用して侵入に成功したとなると親族の顔を知っているあの12人のメイドの目を欺いたということだ。

 悔しいが、完敗と言ったところだろう。

 泥棒の特定も無理だ。

「おーいっ!!ダメっちーー!!!」

そう言って走ってきたのはイリアスだ。もう1人、ウズキさんもいる。

 2人と話していると、とりあえずアリスさんの死体を埋めてあげようという話になった。庭の敷地に俺とイリアスとウズキさんはそのための穴を掘っていた。

「───あ、あのダメオ様。その、私はテリア様の言うことを信じてはいません!私はダメオ様を信じています!」

 少し気まずい雰囲気を打ち破ってウズキさんは切り出してくれる。

「あたしもダメっちを信じるよーーー!!」

「ありがとう。精一杯やってみるよ」

 そう言うと2人は笑顔で返してくれる

「でも、本当に誰なんでしょうね──あんなことする人。アリス様は恨まれるようなことをする人じゃありませんのに」

 やっぱり、一番の疑問点はなぜアリスさんなのかというところだ。人に嫌われるなんてことが絶対にないような人なのに、いや、人に嫌われていなくても殺されることはある。「ついカッとなって」など、咄嗟に殺してしまうということは実際あるのだろう。

 だが、アリスさんの殺害方法は真逆と言っていい

 あんなに猟奇的に殺す。しかも、こんなにバレずに殺す方法なんて計画性がないと絶対にできない事だ

 ───くそ。

 考えれば考えるほど腹が立ってくる。

 アリスさんを殺した泥棒に。

 そして、まだしっぽも掴めてない俺に。

「こんなところでしょう。埋めてもらう作業はムツキ姉様がやってくれると言っていました。そろそろ夕飯になりますし帰りましょう」

「おっけーーー!」

「そうですね」

 そう言って俺達はアラスタル邸に向かう。

 おもむろに俺は振り向いた

「あそこも、監視カメラ届いてないな───」

 敷地の中心ではないが、監視カメラが届いてないなと思いながら俺はウズキさんの後をついていく。

「この後、私は呼ばれているので。では。」

 そう言って食堂前でウズキさんと別れて俺とイリアスは夕飯を食べるために食堂に入る。

 自分の席につき、結婚式の後に食べる予定だっただろう豪華な夕食を食べようとしたが、食欲が全くない。

 だが、腹に何か入れておかないとエネルギー不足で脳が働かないような気がしたので一応食べる努力はしている。

 重い空気の中、カチンカチンと食器をフォークでつつく音だけが響く。

「推理の進捗はどんな感じでしょうか。」

 突然隣から少し高めの男性の声が聞こえる。声の主の方を見ると姉さんの婚約者だった人、名前は確か・・・。

「お話するのは初めてでしたね。僕はエル・ミーシアです」

「はあ。どうも初めまして、ダメオです。推理の方は──あんまり進捗はないですね。というか、イルさんが犯人とは思わないんですか?」

「いやあ、まあ、イルは妹ですし、確かにアリスさんを殺した犯人は許せませんが、だからといって妹を疑うというのも」

 そうか。と納得はできない。

 冷静すぎる。

 考えてもみろ、最愛の人を殺された人間だとはとても思えないようなにこにこ笑顔で語りかけてくる。

 そうだ。

 別に監視カメラであるモニジンがどうのとか、変な論理なんて物はどうでもいい。

 ───過程に過ぎないのだから。

 真理というか俺の目的は論理を組み立てることではない。犯人探しだ。

 怪しい人間を一人一人炙り出していけばいい。

「そんなに悲しそうじゃないですね」

「いえ、悲しいですし悔やむことですが、実はアリスさんとは親同士の付き合いで結婚させられることになったので。本当に悲しいのですが、やはり本当に愛していない、というか愛する資格のない僕からしたら自分のこととは思えなくて。すいません」

 そうか、と納得した。

 なぜ貴族に魔力の強い人間が多いのか。それは魔力が強い貴族同士で結婚をしている、否させられているからという理由なのだろう。

 だからこそ、だからこそ自由を求めたとしたら?

 結婚相手を選ぶ自由が欲しいと考えたら?

 俺はそもそもの基礎中の基礎を忘れていた。殺人には動悸というのが不可欠じゃないか。

 アリスさんを殺して一番得する人間は誰だ?

 あんなに誰にでも愛想良く、誰にでも愛される人間を殺して得する人間。それはこのエル・ミーシアなんじゃないか?

 例えばエルに将来を誓い合った恋人がいたとして、アリスさんとの婚約でその恋人と決別してしまっていたとしたら?

 アリスさんとの婚約破棄したくて殺したんじゃないか?

 親に結婚はしたくないと言っても親同士で結婚相手を決めてしまう親だ。そんな子供の言うことに耳を傾けるとは思えない。

 だから殺したんじゃないだろうか?

 俺は手の中にある食用ナイフを握りしめた。

 幸い俺の方が身長が小さい。口を開ける瞬間にナイフを下から勢い良く口の中の上に刺してそのまま脳をぐちゃぐちゃに。

 待て待て。それこそ仮説も仮説だ。

 食用ナイフは丸みを帯びている殺せないかもしれない。

 いや、そうじゃなくて。

 動機の仮説の方。

「とつぜんですが、恋人っていた事あります?」

「うーん。お恥ずかしながらないかなあ。職業一筋のつまらない人間だからね」

 ほら見ろ。仮説なんて言うのはどこまで行っても仮説なんだから信じるべきじゃない。 

 でも動悸を考えると泥棒は「エリア・アラスタルが所持している悠久の宝石を頂戴する」と予告状には書いていた。

 となるとアリスさんを殺すメリットなんてない。

 いや、そこがミソで予告状が嘘なんじゃないか?

 怪盗はセオリー通りに予告状の物を盗まないといけないけれど泥棒はそうじゃない。

 まあ、今泥棒のことを考えても結果的に誰が泥棒かという結論には繋がらない。

 雑談をしながら僕は出てきたローストビーフを平らげてしまっていた。そろそろ自分の部屋に戻ろう。

「ご馳走様でした。それじゃあこれで」と、エルさんに挨拶をしてから席を立つ

 部屋から出ようとドアを開ける。

「エルさん、本当に恋人はいなかったんですか?」

 俺は振り返って尋ねた。

「恋人はいないよ」

 淡白な返事。

 そうですか。とだけ言って部屋を出る。

 恋人、は、いないか。

 好きな人ならいるんじゃあないか───

 そんな適当なことを考えながら自分の部屋へと戻ろうとした時。

 メル・ミーシアに、

 あの小さい子供のメル・ミーシアに

 関節がありえないほどに曲がっているメル・ミーシアに遭遇した。

「────ッ」

 すぐさま駆け寄る。あんなに凄惨な殺害をしておいて今度は幼女をこんな殺し、

「あ、しよーにんさん!」

 と、まだ変声期を迎えていない高らかな声が手だけで体を支えて足が頭を追い越すように背中をオットセイのような、猫背の反対みたいな感じで背中を曲げている小さい体から俺に発せられた。

「ええと、何をしてるの?」

「んーと、かんせつをまげてましたー」

 関節を曲げてましたと言われても・・・

 背中を元に戻して、足を右、左と地面へ着地させる。

「わたしのとくいなことです!」

「・・・へえ、すごいね。俺なんてなんの才能もないからさ、できることがあるってのは素晴らしいことだよ」

「ほんとに!?やったー!しよーにんさんだけだよ、そんなこと言ってくれるの」

 「しよーにんさん!」と、突然大きな声で話しかけられてびっくりするが、んとね。んと。んと。と、スカートの裾を掴みながらモジモジしている。トイレだろうか。

「しょうらい、しよーにんさんのお嫁さんになる!おとーさんとおかーさんから守ってくれた時嬉しかった、だから!」

 突然のプロポーズに呆気に取られる。

 幼気な少女の将来お父さんと結婚するというものだろうか。やっぱりこういう瞬間はほのぼのする。

 殺伐としていたからなあ。

「大きくなったらね」とだけ言った。まあ、将来メルという少女が俺という存在を覚えているかどうかと言えば絶対覚えていないだろうけれど。

「それじゃあさよなら。しよーにんさん」

 うん。とだけ返して去っていく

「あと!使用人じゃなくてダメオだから!」

 たたたた。と走っていく小さい背中にそう投げかけた。聞こえてないよなあ、と思いながら。

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