3-5:───絶望
「はーっ。はーっ。はーっ。」
結婚式当日、食事の用意、掃除、何から何までやらされて、流石に疲れた。にしても屋敷が大きすぎて移動する度に酸素不足で視界がちかちかする。日頃の運動量が起因したのもあるだろうが、にしてもハードなスケジュールだった。
「今日はこのくれーだな。後はアリス様の結婚式を無事に終わらせるだけだ。」
「す、凄いじゃないですかダメオ様!」
「そんな、ことも、ないよ」
息が切れていて言葉が途切れ途切れになってしまう。
「まあ、及第点ってところだな」
「姉様が及第点、、、さすがダメオ様です、」
やはりプロのムツキさんに及第点という評価は褒められているのだろうが、そんなに褒められている感じがしない。及第点は及第点だ。
その時。
ふわり。と、優しい風が頬を撫いだ気がした。実際には屋敷内でそんな風なんて吹いていないのだけれど。
ロビーの階段の上から白い純白のドレスに身を包んだ天使のようなアリスさんが1歩ずつ慎重に降りてきた。
まるで天使が天界からこの世に降り立つ瞬間のようでここにいる人々は皆彼女の姿に釘付けになる。
奇麗。という二文字が相応しい情景。
いつも元気はつらつというイメージのアリスさんだが、今日はそんなイメージは消え失せ、気品のある女性になっていた。
だが、1階に降りると「あー!メルちゃんだ!」と言って少し奥の方にいたメルちゃんに駆け寄って抱きつく。
そんな時。
「すいません」と、声をかけられる。振り向くと赤いワイドパンツと透け感のある赤いレーススリーブをきた高校生くらいの女性が赤茶色のポニーテールを揺らしながら首を傾げて僕を見上げるようにしていた。
「私はミーシア家のイル・ミーシアと申します。ちょっとついてきてください」
イルさんは玄関ホールの階段を上がっていくのでついて行く。2階に着くとくるり。とターンをして俺と向かい合うような形となる。
「すいません!一昨日は妹のメルがぶつかってしまって、噂には聞いていると思いますが、あの子は魔法の才能がありません。けど、悪い子ではないんです!」
ああ、そういう事か。と、一昨日の「出来が悪いもんで」と親が言っていた意味がわかった。
貴族は魔法の素質がとても高い。それはプリンの回復力と回復量が良い例だ。だから貴族なのに魔法の才能がないという理由だけで風当たりが強く、悪く見られがちなのだろう。
「ちが・・・」
違う。とイルさんの勘違いを解こうと一歩踏み出した時、上半身が倒れる感覚。転んだ。と理解するのにコンマ1秒も要らなかった。そのまま彼女に倒れ込む
「きゃっ」
と、女々しい声を上げて僕に膝蹴りした。
「あがッ」
溝内にヒット。そのままお腹を抑えて細胞が悲鳴をあげていることに気づく。
何が起きた?何が起きた?何が起きた?何が起きた?
いたい。いたい。いたい。いたい。いたい。いたい。いたい。いたい。いたい。いたい。いたい。いたい。いたい。いたい。いたい。いたい。いたい。いたい。
痛いという声もあげられない。ただ、それよりも歯を食いしばった方が痛みが和らぐ気がした。
痛い。
痛い。
痛すぎる。溝内に蹴りを入れられたことはあるが何がなんでも痛すぎる。痛いという感情よりも「なぜこんなに痛いんだ?」という疑問の方が勝る
「ご、ごめんなさい!」
「ん、で、ごんなに、いだいの?」
声をどうにかして絞り出す。
「ごめんなさい本当に、悪気があった訳ではなくてつい癖で、私の体質的にちょっと普通の人より痛いかも?」
痛いかも?じゃねえ。尋常じゃない痛さだ。
5分間。まるでダンゴムシのように丸くなって痛みが引くのを待っていた。傍らはずっと「ごめんなさい」と連呼しているが、ごめんで済まされないほど痛い。
「さっきの話の続きだけど、別にどうも思ってないよ。才能とかどうでもいいって人だから、自分。にしてもよくそんな細い体であんなに強く蹴れるね」
「ありがとうございます。本当、すいません。強く蹴ってる訳ではなくて、例えば遠心力とか力の移動を精密に行ってできるものなので、逆細い方が力を流して、コントロールしやすいんですよ」
つまり、単純な力の強さと言うよりかは技術の問題ということか。
「《
すごい。と目を見開くとひどく悲しそうな表情をイルさんはした。
施されている、か。
「父さん!一人で下見に行ってきていい?」
1階に目をやるとアリスさんが一人で結婚式場を見に行くところだった。エリアさんは「おまえは昔っから我慢のできんやつだなあ」やれやれ。と呆れながら娘を送り出す父の背中を見て父親はこうあるべきだと思う。
娘を拘束したり、監禁したり、娘に魔術を施したりするような人でなく。
自由にするべきなのだと。
そこからは幸せな時間だった。アラスタル家とミーシア家は互いに談笑し合い、俺はメイとクロネと合流してメイ、クロネ、イルさん、俺で楽しく話していた。
イルさんにここまであったことを聞かせたり、イルさんの事を話してくれたりとただただ楽しかった。
まるで、学生時代を取り戻したかのような。
高校生活でこういうことをしたかったのかもしれないと俺は思った。
そんな生産性もない会話していた時、テリアが階段を上がってきた。
「なあ、アリスを見なかったかい?」
「ああ、さっきエリアさんに一人で結婚式場を見に行くって言ってたけど」
「そうか、悪いが一緒に来てもらってもいいか?なんせあいつの事だ、装飾品を何個か壊してるだろう。手伝ってくれ」
「わかった」
じゃあ。と、3人に一旦の別れを告げてテリアと一緒に外へ出るために1階に降りると、誰だか忘れたのか知らないのかどちらかの青年が向かってきた。
だが、その正体はすぐに分かった。
タキシード、と言っても普通のタキシードとは全然違うのがひと目でわかる。
黒ではなく白。
つまり、今回の結婚式の主役である婚約者の人らしい。
「テリアさん、アリスさんは?」
「外にいるらしいです。一緒にいきます?」
彼は頷くと俺とテリアの後についてくる形になる。
外靴に履き替えるとテリアは見たことも無いような青ざめた表情で一目散に駆け出した。
「テリア!!!」
呼び止める俺の声は聞こえない。
不思議に思ってテリアの向かっている草や花束で飾り付けされた結婚式場に僕と婚約者の人は走って向かう。
テリアの全速力がぴたり。と、止まった。
「おい、テリア、急に走り出し───」
言い終わる前に気づく。
木、花、カーテンなどが配置されている昨日準備を手伝った時とまったく変わっていない情景。
ただ1つ。
昨日とは違うところがあった。
零であって欲しかった。
結婚式場で1番手の込んで作り上げられている2つの木が輪っかのような形に生えており、そこに花の装飾や、カーテンを使ったりした豪華なチャペルの下。
アリス・アラスタルが死んでいた。
上半身と下半身が裂けているアリスの姿がそこにはあった。
全身が彼女の鮮血の赤色で染まっている死体。
だが、よく見てみると分かるが横腹に1本の禍々しい赤い線が引いてある。
つまり、殺す過程で全身が血で染まった訳では無い。腹を切って殺した後にその中身をアリスさんにかけたということだろう。
見せしめの為に。
ウェディングドレスのスカートの部分が少し膨れ上がっている。埋葬する為に死体を持ち上げる時、臓物が落ちてくる仕組みになっているのだろう。
血なまぐさい匂いが鼻を刺激する。
それを見て僕はただただ佇むしか無かった───
不吉で不幸で悪辣で
痛々しくて女々しくて荒々しくて初々しいその死体を。
死んでる───アイツみたいだ、
待遇も似てるし。テリアの妹だっけ、俺妹ってあんますきじゃないんだよね。だって
すぐしんじゃうんだもん。
死。死。死。死。死。死。死。死。死。死。死。死。死。死。死。死。死。死。死。死。死。死。死。死。死。死。死。死。死。死。死。死。死。死。死。死。───俺は死に沈む。
死という名前の怪物が目の前で大きな口を開けている。中は暗くて何も見えない。怖くて暗くて狭くて寂しい死という概念がそこまで迫ってくる膠着状態。
そんな存在をいとも容易く、
冷笑し、
無視して。
まるでシニシズムのように
俺は、アリスさんを見て俺は、
はあ。はあ。はあ。はあ。はあ。はあ。はあ。はあ。
熱い息遣いで乾いた唇をぺろり、と舐める
俺は、
美しいと、そう思ってしまった。
この世で最も悪辣めいている死体を。
それはさながら堕天使のようで、
不吉や不幸なんて言うのは言葉足らずで役不足。
かみさま、ゆるしてください。
犯人を殺すことを。
いや、
───殺すだけじゃあたりねえな。
指の先から。
足の先から。
何等分にもして細切れになるまでバラバラにして。
その間相手は、あえぎ。あえぎ。あえぎ。
その人間だった原型を留めていないモノをまるで料理を盛りつけるように装飾して。
晒しあげてやる。
絶望。
その一単語がこの情景を一番表している単語だと感じた。
となれば情景描写はこうだろう、
そこには絶望だけが拡がっていた。
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