3-4:モブおじはメイドに夢中なようです。

 あの後、この屋敷の当主に挨拶をした。なんでもここの屋敷の当主である、エリア・アラスタルはプリンの家系であることが発覚した。プリンの家は純血の家系、近親相姦のみで子孫を残していく家系なのだが、それが嫌で駆け落ちした子孫がここの屋敷の当主のエリアさんなのだとか。だから王が死んでプリンが王女になった時、色々助けてくれたそうで、その一環として俺のことを匿ってくれたらしい。

 そして次の日である今日、俺は屋敷の玄関ホールの前を通っていた。


 ドンガラガッシャーン!!!


「ごめんなさい!!!」という声と共にモップが直撃。

「大丈───」と言おうとしたところでバケツが俺の頭にすっぽりとはまる。中の水がひっくり返り、俺の全身を濡らしていく。

「あわわわわわわ!ダメオ様!大丈夫ですか!?いえ、答えなくていいです!大丈夫じゃありませんよね、すいませんすいませんすいません」

「気にしてないし、大丈夫だよ。あと、様付けはやめて欲しいんだけど」

「いえ!お客様なので!しかも色々失礼をおかけしてしまったわけで・・・」

 といった感じで十二姉妹メイド、四女のウヅキさんとの関係は出来上がっていた。でも、俺はウヅキさんとはそういった関係ではなく、友達とか対等な立場で会話したいと思っていた。

 彼女は12人いる姉妹メイドの中で落ちこぼれと言われている。まあ、その理由はこのドジっ子体質だろうということは自明の理だが、そんな落ちこぼれ同士で親近感というか仲間意識が俺の中で勝手に芽生えていたからもう少し仲良くなりたいという気持ちがあった。

「じゃあ、今日一日ずっと暇だからさ、街のこととか知りたいんだけど・・・その、付き合ってよ」

 だが、そんな期待はウヅキさんの「これでも使用人ですから、・・・すいません」という言葉で霧と化した。

 振られた。

 メイドに振られた!

 まあ、メイドに「付き合ってよ」なんて言ってるモブおじを見たらそりゃあ断るどころか通報案件だ。

 通報されなかっただけありがたく思うことにしよう。

「あ、そういえばさっきポストにこんなものがあったのですが」

 差し出されたのは・・・手紙?

 封を開けてみると『エリア・アラスタルが所持している悠久の宝石を頂戴する───天才泥棒、水尼木棒』と、書かれていた。

 この手のイタズラはよく来るらしい。

 エリアさんのコレクションしている複数の宝石は日本円にして何十億にもなる代物で盗もうとする輩は何百人、何千人とこの家に入ろうとしているが未だに誰一人と入れていない。

 なぜなら単純な話でセキュリティがおかしいほどに高いからだ。監視カメラであるモニジンの花は塀に死角がないほどに置かれている他、屋敷の周りにも花がこれでもかという程に植えられているので中への侵入はまず不可能だと言われている。

 いや、侵入自体はそこまで難しくはない。モニジンの花は監視カメラ。泥棒を撃退してくれるわけじゃなく、泥棒が入ってきたことを記録してくれるだけなので侵入はできるが、この屋敷には12人のメイドさん達がいる。

 その中の11人は色々な戦闘スキルが身についているので泥棒の中ではそのセキュリティと迎撃性能に近づくことすらタブーとされているらしい。

 なので予告状というのはせめてものイタズラという形での足掻きだろう。

「これなんて読むんでしょう、みずあまきほう?」

「人名ならみずにきほじゃないかな」

 水尼木奉。という文字に違和感を覚えた僕は予告状を目から遠ざけて全体を俯瞰してみる。

「ああ、これ偽名だよ。水と尼で泥。木と奉で棒。つまり、泥棒になってるんだよ」

「そんな言葉遊びが、流石です!」

 そんなことでというかこんな誰でも分かるようなことで褒められても反応に困る。

「でも、泥棒なのに予告状なんてまるで怪盗みたいですよね」

「怪盗ってこの屋敷に入ろうとしたことってあるの?」

「はい、何度か。ええと確か3人ほどだったと思います、1人目は7女のフミヅキちゃんに自己紹介をしている間に顔面を蹴られて。2人目は3女のヤヨイ姉さんが予告状を出しに来たところを捕えて、3人目は末っ子のシワスちゃんの可愛さに惚れてプロポーズをしたところをあっさり捕えられたと報告を受けています」

 1人目フミヅキさんらしい捕らえ方だ。金髪ショートの暴力気質なところがあり、昨日も他のメイドさん達に言葉使いを注意されていた記憶がある

 2人目のヤヨイさんは勘が鋭いからなあ。昨日、俺が異世界から来たことを隠すためにどれだけ苦労したか。もう一番怪盗らしい予告もさせてくれないような捕らえ方をしているのも納得出来る。

 3人目に関しては論外だろうと思われがちだがそうでも無い。末っ子、つまり12女のシワスちゃんは弱気な性格とその美貌で地域には小さなファンクラブまであると他のメイドさんから聞いた事がある。

「流石、シワスちゃんですよね。私なんかより全然可愛い」

「いや、ウヅキさんの方───」

「あ、それでは私もう行きますね。ごめんなさい、長話に付き合わせてしまって。ダメオ様は朝食の準備が整っていると思いますので」

 くそう、「キミの方が可愛いよ」からのヒロインの照れはお決まりだろ・・・?

 あ、俺モブおじだっけ。それやっていいの主人公まけじゃん。

 そんなことを思いながら食堂へと足を運ぶ。この屋敷には中央館、西館、東館と分かれていて、その西館に位置する食堂の扉を開くと全員から驚愕の視線が注がれる。

「えーっと、どうしたんだい?ダメオくん、その格好は。」

 アラスタル家の長男、テリア・アラスタルくんが俺の心配をしてくれている。イケメンに心配されるのは少し癪だな。

「たまたまバケツの中の水がかかったことってある?」

「うーん、無いかな。僕の場合、水魔法で操作できるし・・・」

 なんかムカつくんだよなあ・・・。

 相手がイケメンで俺がモブおじだからだろうか。

「ダメオ様、お召し物をお拭き致します」

 そう言って俺の体をタオルで拭き始めたのは緑色のショートカットのメイドさん、8女のハヅキさんだ。

「い!、いいよ、タオル貸してくれたら自分でふくし・・・」

「そうはいきません。どうしてダメオ様が濡れているのかはあらかた想像がついてますから」

 姉妹の尻拭い的なことをしているのだろうか。でも俺的には物理的な尻拭いをされているため、恥ずかしくて仕方がない。

「これくらいでいいでしょう、新しいお召し物を部屋にご用意するので、その時間に朝食を召し上がってください」

 そう言って俺は食卓につく。縦長の大きな食卓だが、俺とイケメン野郎しかいなかった。

 朝はパンとそれに合うマーガリンやスープの軽い食事。見た目を裏切るほどの少食と昨日伝えて置いてあるので量は普通より少なめ。昨日はタワーになるほどの肉の量が出てきて驚いたものだ。

 パンを咀嚼しつつ、イケメンに素朴な疑問を投げかける。

「敷地内の中央で何かやってるみたいだけど何やってるの?」

「あー。明日妹の結婚式なんだよ」

「───えー!!」

 突然すぎるだろう。

 アラスタル家の妹であるアリス・アラスタルさん。気さくで誰とでも仲良くなれるようないい人、というイメージ。

「アウトドアウェディングってやつ?」

「そうそう、あんまり大々的にはやりたくない。けど式は上げたい、みたいな感じでさ。困ったものだよ」

 あーだからか。と得心いった。

「昨日ミーシアっていう人とあったんだけどそこの家がら結婚相手?」

「そうだね、明日に備えて色々と父さんと話し合ってたみたいだよ」

 ふーん。なんて言いながらスープを飲んで、食事が終わる。にしても美味かった。

 なんて満喫しているけれど。

「なーんか、手持ち無沙汰だな」

「え?」

「いやいや、タダで泊めてもらってタダでご飯食べれるってこれ以上ない幸せな事だけどさ・・・それってプリンの家系あってこそだろ?俺はなんもしてないし」

「いや、父さんは感謝してるよだって───王を殺してくれたんだから。あんな家系を潰してくれたから感謝してるんだと思う」

「別に近親相姦の家系って割とあるんじゃないのか?」

「ああ、それもあるけど。あの家系は最悪だよ、劣悪、と言ってもいい。あそこは王城という名の檻だよ。子供を閉じ込めるための、ね」

 それで感謝されたとしても納得いかない。だって殺したのはイリアスだし、人殺しで感謝されたくもない。

「とにかく、何かしたいんだよ。ほら、手伝えることとかない?」

「───あるにはあるけど、辞めた方がいいし、後悔するぞ」

「それでもいい」

 じゃあ、と言ってハヅキさんに声をかける。そして1分程度たった頃、ドアが静かに開いた。

 キリッとした顔立ちと185センチの高身長はモブおじ状態で180センチの俺をを見下ろして睨みつけるような構図になっていた。

 ちょっと興奮する。

「私、いや、これからは使用人として働いてもらうから敬語とかはナシか、あたしはここのメイドの長女。ムツキだ。お客様じゃなく使用人として扱ってくから音を上げねーようにしろよな」

 何かしたい、と言ったがメイドの手伝いか。

 色々なメイドとお近ずきになれるチャンスかもしれない!

「わかってますよ、よろしくお願いします」

 無表情を偽ってはいるが、内心は「上等じゃねえか!」と、息巻いていた。

息巻いていたのもつかの間だった。

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