3-1:懐かしきイケメン

 うーん。という声と共に体を起こす。

 ん?かっこいい?なぜだかいつもの声質と違うような・・・いや違う、というより懐かしい。

 思わず俺は患者衣の隙間から自分の体を見ると、引き締まった体に毛が全然生えていない。いつもならぶよぶよの体で体毛が凄いはずなのに。

「戻ってきたってことか?」

 辺りを見回すと、俺が寝ているベットだけがある白一色の4畳程度の個室。病室を連想させられるが、そうなると点滴などが全くないのはおかしいし、そもそも窓がないという点が1番不気味だった。

 俺が呆然としていると個室のドアが空いた。

「ひぇ!?、ど・・・どうも、お、お目覚めになられました、か?」

 おどおどとした口調の女性が出てきた。髪の毛は黒一色で少しうねっている。眼鏡で白衣、いかにも医者とか科学者を連想させられるだろうが大事なのは白衣の下だ。

 ビキニだった。

 結構キャラが強い見た目をしていてどうしていいものか迷う。水着の上に白衣なんて変な服装を俺は今まで見た事がないからおどおどとした口調の彼女よりもおどおどしてしまう。

「ええっと、とりあえず誰?」

「は、はひ!!、私は・・・式宮しきみやの人の使いって言ったらわかりやすいでしょうか・・・」

「・・・・・・・・・」

 俺の家がお金持ちだ、というのはいささか過小評価なのだ。

 式宮機関。

 春崎しゅんざき夏織なつおり秋桐 あきぎり冬花ふゆばな、そしてそれらを束ねる式宮、の5つの分家からなる組織。東日本を占領した財閥家系。

 その長男、俺。

 けれど、

 だけれど。

「・・・俺は式宮から追放されたはずなんだが」

 俺はその家を追い出され、遠い遠い親戚の池田家に預けられることになったはずなのだ。

「ひぃ!?、・・・えっと、そうですね・・・そうなんですけど・・・少し事情が事情で・・・と!とりあえず、ついてきてください・・・」

 俺は言われるがまま白衣ビキニについていく。少し歩いてさっきの個室と同じようなドアの前につくと急に白衣ビキニが止まった。

「・・・こっから先は、あなた一人で行ってください・・・」

「え?どうして」

「!?、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、違うんです・・・逃げてるとかではなくて・・・」

 やりずらいなあ。

 ただ道案内してくれる人がいないと困るってだけの話なのだが、妙に警戒されていた。

 それを言っても面倒臭くなるだけだと思い、俺は先に一歩踏み出す。すると自動ドアが開いたので、中に入る。


「オネイサン会いたかったぞぉーーー!!!コノヤローーー!!!」


「ぐぇ、」 

 タックルを食らった。

 ごん、と鈍い音を立てて床に頭をぶつける。

「ひぇぇぇええええええええええええええ!!!!!!!!!!!」

 白衣ビキニの女性はどこかに逃げてしまった。

 まそれはいい、で。

「姉さん、どいて」

「うん」と、了承して姉さんは俺の上から離れてくれたので、俺は起き上がる。

 式宮終花ついか

 俺は1、2年ぶりにその名を思い出す。俺の姉であり、天才だ。

 天才、と言ってもなんでも初めから出来るような生まれ持っている才能というよりは努力型の天才で、何事も努力すれば大抵の事はできるような天才。

「オネイサンいつぶりかもわかんないよ。まーいっか、こうしてまた会えた事だし結果オーライだよねー。まあ入ってよお茶くらいは入れるからさ」

 そうして俺は部屋の中に入る。席に座り、出されたお茶をごくりとひと飲みして疑問を切り出す。

「俺は式宮から追放されたんだけど。どうして姉さんと会うことができるの?」

 二度と会えないと思っていた。

 同時に───会いたくないとも。

「私が式宮の代表になったからだよ」

 どんどんぱふぱふー。

「───死因は?」

「毒死」

「へぇ」

「自分の両親が死んだのにそれだけ?」

「それだけのことをしてきたんだからしょうがないでしょ。誰に殺されでもおかしくない、まあ誰に殺されたかはわかってるけど」

 両親は今年で40代後半に差し掛かる頃だ。寿命ではない、となると病死が考えられるが、式宮機関の技術力があれば死は回避できるだろう。となると 

 ───他殺。

 毒死、ね。

 そこで突然。

 なんの脈絡もなく。

 姉さんが笑った気がした。


「ねえ、今までどこにいた?」


「───え」

「いや、学校にいたとかじゃなくて。意識の話」

 意識って。

 俺は・・・今まで・・・。

 メイとクロネとレットと一緒にプリンを助けに行って、そこでよくわからないピンク髪の女に殺されて。

 それから、目覚めたら、ここにいた。

「ついてきて」と言って姉さんは立ち上がる。俺は嫌な予感がしながらも、なぜ俺が異世界にいた事を知っているのか尋ねたくて追いかける。

 隣の部屋の電気を姉さんがつけた時、俺は死んだ方がいいと思った。

 あるのは水族館にあるような大きな水槽。その中に水なのかはよく分からないが、透明な液体が敷き詰められている中心に1人の女性が浮いていた。

 女性、というより女の子。

 俺を壊したあの子。

 俺が壊したあの子。

「うそ、だ。だって、だって────!」

 俺は、思い出す。

 天井から、吊るされている女の子を。 

 頸動脈じゃない。首を絞めるような、殺し方。

 つまり、呼吸出来なくなりじわじわと苦しみながら死んだあの子のことを。

 目は仄暗く、

 肌は白く、

 ただ死だけが充満していたあの部屋を。

 思い出す。

 くらり、くらり、くらくらして、くらくらしちゃって、ぐらぐらしてしまい、ぐらぐらするんで、くるくるとしてて、くるくる回って、くるってしまいます。

 ああ。くるって、クルッテ、狂ッテ、狂ッて、狂っテ、狂っている。

 動悸が激しい。

 心臓が痛い程に脈打つ。

 息も熱くて口が焼けてしまいそうだ。

 視界がクラクラ、頭がグラグラ、身体がフラフラ、

 思考がユラユラ、感情がイライラ、眼球がギラギラ

 死体がぶらぶらしているのを思い出して。

「・・・・・・・・・」


               狂ってるのは世界か

 狂ってるのはこの状況か       

                            いや、狂ってるのは俺か───


 熱い息遣いで乾いた唇を舌で舐める。粘り気のある唾液が唇を潤す。

 くるしい。

 壁に寄りかからないと倒れてしまう。

「───無為美むいみ

「オネイサンはね、《異識》の研究をしてるんだよ。キミが違う世界線とか異世界に意識だけいたのならこの子の意識もどこかに流動していたり、停滞しているということになる。そうなれば体という『器』はいらなくなり、永遠に生きられるし、生き返らせることだって不可能じゃない」

「・・・・・・・・・」

 無茶苦茶だと思う。思うけれど。

 なぜか不可能だとは思えなかった。

 もう、どうにでも。

 世界なんてどうでもいい。

「まだ諦めてなかったんだ」

「はは、シスコンなんだよ。だから妹を壊したお前が許せない」

「戯言だよね?妹を『道具』としてしか見てない姉さんがシスコンなんて」

「妹を壊した人よりかはいいでしょ」

 そんな会話をして。

 くらりと視界が反転する。

「薬が効いてきたみたいだね」

「───さっきのお茶か」

 意識が遠くなる。

「世界の終わりの為に実験台になってね、弟」

 その言葉を最後に俺の意識は暗転した。

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