2-5:変われなくてごめんなさい
やばい。やばい。やばい。
さっき魔法を連発してしまったのでもう魔力なんて1ミリも残っていない。そんな中、やる気満々の国内最強とやり合うなんて正気じゃない。
だからといって逃げようにも逃げれない。背を向けたらそれこそおしまいだろうし、外野の歓声が「逃げないよな?」みたいな空気を作っている。
刹那。
右頬に痛みが走る。王様が空気を切ったのだ───空気を切っただけで鋭い風を起こして俺の頬を切りつけた。
無理無理無理っ!!!
こんな化け物相手にならない!
王が動いた。
『動いた』と認識した時にはもう遅い。俺が気づいた時には数メートル離れた俺の数センチ前にきて、木の剣を振りかぶっていた。
思わず目を瞑る。
───が。
攻撃が来ない。恐る恐る目を開けてみると空中にいた。そして人肌の感触。
「大丈夫っ?」
そこにはピンク色の長い髪をなびかせながらモブおじを抱いて大ジャンプしているいーたんがいた。
小さいといえど、色々当たっているしそれに───なんていう描写をしている場合ではない!
観客席に着地。
「王様の相手は私がやっとくからっ!早くプリンちゃんを迎えに行ってあげてっ」
「お、おう」
俺の返事が終わる前にいーたんは王様の元へ向かい、対峙する。
「・・・っていくらなんでもあんな可愛い子に任せられるか」
モブおじの意地ではないが、とにかく止めないといーたんが殺されてしまう。今の王様は自制心なんて持ち合わせていないだろうから俺が犠牲になってでも止めるべきだろう。
そう思い、王様と対峙しているいーたんの元へ向かおうとする。
可愛い顔でニコニコしているいーたんと、王様。
───ただし、上半身だけ。
え?
思考が停止した。
下半身は吹っ飛んで、腸が切断面からぶら下がっている上半身だけとなった王様がいた。
にこにこと。
にやにやと。
少女は───笑う。
「───ッ!!!」
俺は駆け出した。
逃げ出した、と言うべきか。
プリンの元へ。プリンの元へ急いだ。
それはプリンを早く助けたかったからなんて言う感情ではなく、ただただあのピンク色の化け物から逃げ出したかった言い訳でもあり、あのピンク色の言われた通りにしないとどうなるのかたまったもんじゃないという自己保身の精神でプリンを探しに走っていた。
「はあ。はあ。はあ。はあ。はあ。はあ。はあ。」
モブおじだからすぐに疲れてしまっているのか、それともそんなことは何の関係もなく焦っているだけなのかわからなかったし、そんなことはどうでもいい。
わからないことだらけだけれど、わかっていることが一つだけあるじゃないか。
恐怖。
そんなひとつの感情を原動力に走っていることだけはわかっていた。
体が───重い。
「はあ。はあ。はあ。はあ。はあ。はあ。はあ。はあ。はあ。はあ───ははっ。はははっ!はははははははッ!!!」
なぜだか可笑しくて乾いた笑いが漏れる。
結局。
結局さあ───結局さあ!!!
みんなどうでもいいんだよ。
異世界に来てもそれは変わらない。そう!俺は変わらないんじゃなくて変われない!!!だってそうだろう?前世であんなヤツに俺は壊されたんだ!!アイツのせいだアイツのせいだアイツのせいだ!!!
現に俺は観客席にいるメイ、クロネ、レットを置き去りにして王城に逃げている。あの『いーたん』とかいう化け物がいる会場にだ!救いようのない奴だろう?でも仕方ないんだ、あそこにいたら俺が死ぬ。
俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が死ぬ俺が。
俺が───死ぬ。
結局俺が犠牲になればいいとかそういう言葉を並べておいても頭の奥底では自分だけ助かればいいと思ってるんだ。
だって俺以外は人形だから。
俺が世界の中心で、他は全員NPCだからと前世から考えていたから。
考えないと、やっていけなかったから。
がちゃり、とプリンの部屋を開ける。
伽藍としている部屋。
でも俺は知っていた。
知っていたんだ。
気付かないふりをして。
クローゼットの中を開ける。
「どうしてわかったんですか?」
「『透視』があるから・・・」俺が言い終わる前にプリンが俺に抱きついてきた。
「私ッ怖くてッ!きてくれてッ、嬉しかったんですけどッ!私の為にこれ以上傷つけたくなくてッ!!!」
プリンの熱い涙が俺の首筋を伝う。
熱くて、情熱的な。
心地よい涙。
ひぐっ、ひぐっ、と嗚咽を漏らしながらプリンが涙を流す。
それに応えよと俺もひたり、ひたり、ひたり、と熱い液体を漏らすと、プリンが突然抱きつくのをやめて、離れる。そして抱きついていた手を見て驚愕の色をした表情を浮かべた。
「───血が、血がぁ!!」
自分が助かるために。
プリンなら、治してくれると思ったから───
ふらり、と倒れる。
あーあ。
嗚呼、意識が───朦朧としてきた。
朦朧が───曖昧になって。
俺は、目を閉じた。目がちかちかして、全てがぼやけてきたから。
なぜだか懐かしいこの感覚。
俺を抱いて空中にジャンプした時だろう。俺に刃物を刺したのは。
怖くないのが怖い───ね。
クロネの言っていたことをようやく得心する。
どたどたどた、と音がして、数人の声が聞こえる。
「ダメ──なん──」「──兄!!なん───」「──んで──っちまうんだ───」
メイとクロネとレットか。
良かった、誰も死んでない。
眠くなってきたな。
これなら安心して眠れる。
おやすみなさい。
そして、ごめんなさい。
ぼくはかわれませんでした。
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