1-4:モブおじは異世界転生=チートの風潮が気に食わない。
龍人石とは、絶滅危惧種ならぬ絶滅亜人種の龍人の心臓。龍人の体内から取り出すと固まり、石となるのだが、無論ただの石ではない。
使用者の魔力を10倍に底上げできる1回限りの諸刃の剣。
そう、1回限り。
それが絶滅亜人種となったきっかけで、龍人石を目的として龍人狩りが各地で行われたらしい。
武力として、勢力として。
そんな説明をメイから聞いて、ここはやっぱり異世界なんだなと改めて思う。
魔法が使えて。
美少女がいて。
そして───殺人が、許される。
戦争が、ある。
殺し殺されがある俺のいた平和な世界とは全く違う異世界。
それを改めて、実感する。
「なあ、元の世界に帰る方法ってあるのか」
思わずそんなことを言ってしまう。ないだろうと予想はついていても、一縷の希望にかけてしまう。
怖かった。
単純に。
「うん、あるよ」
「───え」
自分で質問しておいて、驚いてしまった。こういう異世界転生系って帰れないのが普通だからてっきりないと思っていたのだが。
「簡単さ、元々の体の所有者と同じ方法をまた使うんだ」
同じ方法を使う。さっき言っていた転生魔法と言うやつか。
でも、その魔法を使うには。
その魔法を使うには、龍人石が必要。
龍人の、心臓が。
龍人を殺すだけでなく、惨たらしく死体から心臓を抜き取る。
そんなこと、そんなことできるわけが無いじゃないか。
「きっと大丈夫ですよ!なにか方法が・・・」
肩を落とした俺をプリンが慰める。
「他の方法ね、魔王とかなら持ってるんじゃないか?」
「その、魔王ってなんなんだ?」
俺はメイに尋ねる。ゲームにでてくるラスボスということはもちろん知っているが、この世界とゲームの世界との差異をはっきりさせるためだ。
「うーん。魔物とかを使ってよく戦争する国の王って言った方がいいかな。最近はご無沙汰だけどよくアリステルとも戦争してたもんよ」
なるほど、ゲームのラスボスとかではなく、どちらかというと野蛮な帝国主義の隣国と捉えた方がニュアンス的にはあっているのだろう。
「そんな野蛮な国の王と戦って勝てるわけないよなあ・・・」
戦力もそうだが、やはり経験の差が大きい。つい数時間前まで平和な世界にいた俺とは天と地の差だろう。
ここに来て手ずまり。龍人を殺して入手はまずないとして、魔王なんて倒せるはずがない。どうしたものか。
どちらにせよ、とりあえず戦力をつけないことには何も始まらない気がした。それなりにつよくなれば龍人石についての情報が湧いてくるかもしれないし。
「とりあえず魔王はさすがに倒せないとしても戦力は必要なんだが、魔法とかそこら辺って俺でも使えるのか?」
「もちろん、けど適正があるよ。プリンだったら回復魔法、私だったら光魔法って感じで」
「適正の魔法はこれで調べられます」
そう言ってプリンが取り出したのは少しボロついた書物。本の表紙の中心には魔法陣のような模様があり、それをつたや、葉の模様で周りを囲っているデザイン。
「それなに?」俺が尋ねる「グリモワールです」
グリモワール?あーっと、確かフランス語で魔導書とか言ったっけ。
ぱらぱら、とプリンはページをめくり、探していたページが見つかったのか手をぴたりと止める。
瞬間。
少し躊躇して。
「ごめんなさい!」と、プリンが謝り、俺の指をフォークで刺した。
「・・・ッ痛い!」
「少しくらい我慢しろよ、根性無し」
「突然刺されるの慣れてないんだよ、ほんと」
全く、よく刺される日だ。
プリンは俺の指を刺した時に付着した血をグリモワールにぽたりと垂らす。すると、血が本と触れる瞬間少し光って、白紙の所にインクが浮かび上がってくる。
ここにはこう記されてあった
『適正魔法
・催眠
・透視
・透明化
』
「全部エロ能力じゃねえか!!!!!!」
別にチート能力を求めていたわけじゃないよ?メイとかプリンとか「このステータス、どうなってるの!?」みたいなリアクションをする場面を妄想していたわけでもない。普通でいいんだよ、普通で。
火の魔法とか水の魔法とか木の魔法とかそういうのでいいの。
なんで全部エロ能力かなあ。
「珍しいですね!戦力というよりは・・・なんと言いますか・・・」
「泥棒向きだな。」
「メイ!」
確かに泥棒とか盗人向きな能力でもあるか。
まて、魔王のいる城とかに忍び込んで龍人石を盗むという方法は結構アリなんじゃないだろうか。正面から対峙するより勝算はある。
だが、気づく。
ぶよぶよと太った体、180センチ。
隠密行動ができるわけもないような体型をしていたんだった。
「なあ、もっと戦術で使えたりするのないのか?」
「ええと、そうですね。魔法ではなく剣や弓などの道具を使った戦闘なんてどうでしょう」
「・・・!それだ!腕っ節なら例え脂肪といえども、常人よりはある!」
ありがとう。と、俺が例を言うとメイとプリンは席を立つ。
「それじゃあダメオも頑張って、とりあえずこれで明日までは生活できると思うよ」
メイはそう言って小さい袋をテーブルに置く。
「え」
「それでは失礼致します」
「待っ」て、と言おうと思ったがやめる。
そう、だ。
別にこの2人はこれから行動を共にするなんて一言も言っていない。メイとプリンから見れば龍人石を持っていない俺なんてただの身も知らないモブおじだ。
そんな身も知らない人間にこれからの方針の相談と、賃金を与えてくれるなんてこれ以上のことを望むのは野暮だろう。
でも。
「・・・・・・その、いっ」
「ん?なんだ?」
「いや、なんでもない」
そうか。
別にこの2人は俺がモブおじだからどうでもいいなんて思っていない。普通の人、俺でない誰かだったら誰でももうこの2人と行動を共にしようと誘えているんだ。
けれど、俺にはそれができない。
人にいつも求められてきた俺は「人の求め方」を知らないのだ。
そう、俺は求められてきたんだ。
親や、周りからは難関高校への入学を期待されて中学校では勉強ばかり。スポーツも野球、サッカー、バスケなどを嫌という程にやらされた。本当は好きじゃないのに。
本当はアニメとかゲームとかが好きなのに。
友達だって欲しかったんだ。
でも、そんなオタクの友達は作ってはいけないとつよく言われたことを今でも覚えている。
周囲から求められて。
それに応えてきた。
周囲からの思いをないがしろにしたくなくて。
それがどれだけ俺に重くのしかかったとしても。
だから、俺は子供が親に玩具をねだるという行為ができない。
周囲が見ていたのは理想の俺で、俺じゃないドッペルゲンガーのような似た誰か。
ドッペルゲンガーの話の結末はいつも決まっている。本物との入れ替わりだ。
結果、俺はその理想の俺と入れ替わった。
けれど、この2人はそんな理想の俺じゃなく、ちゃんと俺を見てくれた。
メイとプリンは俺の事を1度として軽蔑したりしなかった。
モブおじで。
目的のものも持っておらず。
能力も低い。
そんな俺に1回でも侮蔑の眼差しをこの2人は向けただろうか。
2人は俺の内面をずっと見てくれていた。
本物は一緒に行きたい。けれど、俺はその言葉を言うことが出来ないという、しどろもどろを抱えながら俺は2人を送り出す。
「待っ」
俺が2人を引き止めようとした時。
「ひィッやッはァァァァァァァァァアアアアアアアアアアッッッッ!!!!!!!」
という声と共にばきばきばきと、轟音が響き渡る。その轟音が止んだかと思うと、さんさんとした太陽光が差し込める。
家が壊れた、というよりも抉れた、いや違う。
"喰われた"ように感じた。
一瞬だった。
瞬きをしたら家が壊れたのだ。壊れたならば木片などが降ってくると思ったが、そんな様子はない。なぜなら木片も残らないほど粉々なってしまったからだ。
「ぎゃはははは!こんなとこでなァに油売ってんだァ?お前ら」
黒と白の横縞模様の囚人服に、手錠て手が縛られている。いやそれよりも印象的な特徴。
頭には角、とんがった耳、縦に伸びた瞳孔、にやりと笑う口からは常人より尖った犬歯が覗く。そこから連想される化け物は、
鬼。
人を、喰らう生物。
「カーニバル・・・」
「えっと、お知り合い?」
そんなとこ、とメイが言うとカーニバルと呼ばれる名の男がぎゃははと笑う。
「お知り合いだなんてちィッとばかし他人行儀じゃねェかァ?姉サン」
メイの、妹?でもおかしい。だってメイとカーニバルは似ても似つかない。少なくとも、メイからはカーニバルが持っている鬼のような特徴はない
「誰に言われてここに来たの?」敵意の塊のような声色でメイが尋ねる「ダークマウス?カースピエロ?それとも・・・」メイの知り合いは愉快な人が多そうだ。
んにゃ、とカーニバルはメイの予想を否定する「王直々だ」
「・・・・・・っ」
メイは唇を噛む。
「断ったら?」「殺す」
即答。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!兄弟なんだろ?だったら話し合いとかするべきじゃないのか?」
「あァん?何だこのクソデブ、話し合いなら今終わったとこだぜ、こっからは殺し合いだ」
クソデブ、という単語にプッチーンと頭のなにかが切れたきがした。
「なんだチビ」
効果覿面、声も出さないほどの静かな怒りを浮かべている。あれ?効果覿面どころか効果抜群じゃね?
「ぶち殺してやるよッ!!!!」
ばっ、と言う音とともにカーニバルは消えた、否。
跳んだ。
俺に目掛けて手錠のついたふたつの手を約2、3メートル上から振り下ろす。
殺される、と思った。
いや、喰われる、と。
あんなのをガードできるわけが無い。重い体を頑張って動かし、カーニバルの攻撃を避ける。だが、その一発目は避けられることを前提とした、目的とした一発目だった。
ばこん、という轟音とともに床が抉れ、さっきと同じように床の木が貫通する。けれど、さっきと違う点があった。それは地面も少し抉れることによって発生したもの。
砂埃。
2撃目がくる。
舞った砂埃で身を隠してどのタイミングで来るのかの予測を難しくし、最大の攻撃を最速でこなす殺しの動き。
2撃目はさっきの跳び上がった時の動きを地面と水平に行ったものでスピードが早すぎて目が追えない。
そんな中、俺の前に飛び出したのはメイだ。
「・・・・・・!」
相手の攻撃に対して光の盾を2つほど生成する。
だが、ばきばき、とその盾は破られる。でも勢いは殺せた。
「はやくプリンを連れて逃げてッ!!!!」
俺は呆然と立ち尽くしているプリンのもとへ向かい、手を取る。
そして全速力で森へと向かう。それがメイの意を酌んだのか、それとも自分がただただ怖かったからなのかはわからなかった。わかっていたけれど思考することをやめて走った。
草原を走りながら、プリンはずっとさっきまでいたメイの戦っている小屋の跡地に目を向けている。
だが、俺は足をとめない。
むしろ、加速する。
だって、怖いから。
恐怖しているから。
また、殺されたくない。
二度と、殺されたくない。
あんなに痛くて寒くて寂しいのはもう嫌だ。
子供が駄々をこねるように俺は森へと向かう足を速めた。
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