第14話 3人婚

「と言う訳で夫婦になりました」

「……言い訳は以上?」

 ラン、レヴィを左右にはべらせたオルグレンは、帰宅するなり土下座していた。 

 相対するマーヤは、仁王立ちである。

(コボルト族なのに鬼の形相とはいかに)

「兄さん、ふざけてる?」

 心を読まれ、オルグレンは焦る。

「小粋な冗句じょうくだから」

「面白くないし、今の時機タイミングじゃないし、そもそも不快だし」

 義兄の頭に足を置く。

「ぐへえ」

「マーヤ、駄目よ」

「そうそう。ただでさえ、豆腐みたいに柔らかい頭なんだから」

 左右から義姉(仮)が、フォローに入る。

「こんな節操無い兄は、要りません」

「あら? じゃあ私が貰うね」

「生活費や学費を払ってくれる恩人に対する口じゃないわね? オルグレン、この恩知らずとは縁切っちゃえば?」

 ランとレヴィの連携技コンビネーションに、益々ますますマーヤは不機嫌になる。

「兄さん……」

「今日の今日で決まったんだ。済まん」

「……その2人とこれから住むの?」

 マーヤによって出来た、たんこぶを2人からこすられつつ、オルグレンは答えた。

「現実的にはいきなり2人と同居はキツイだろう? 俺の方から通うことにしようかな、と」

「……通いこん?」

 通い婚とはその名の通り、夫婦が同居せず、夫(または妻)が配偶者の家に通って愛を育む婚姻形態の一つである。

 態々わざわざ別居を選ぶのは、夫婦によって事情は違う為、一概に言えないが、「自分(または相手)の私的プライベートを増やしたい」などが主に理由に挙げられる。

 同居すると互いに配慮しなければならない為、そういうのを嫌う夫婦には。打ってつけの生活だろう。

 魔族は子供が出来るまで通い婚を採用する夫婦も居る為、別におかしくはない。

「……通い婚だと、兄さんまた女増やそうだから」

「偏見だな」

「でも、妹に無許可で妻を2人も娶ったじゃない?」

「……」

 ぐうのも出ないほどの正論だ。

「兄さんは女性関係が激しいことが判りました。ですので今回に限っては、認めますが、通い婚は許しません」

「「「!」」」

 思いのほか、寛容なことに3人は驚いた。

 オルグレンは優しいが、マーヤは厳しい性格だ。

 多妻も反対派の姿勢と思われていたが、意外にもすんなり認めた。

「通い婚は駄目ってことは、ここに居ろってこと?」

「そうだよ。兄さんの名義で借りてる家だからね。追い出すのは出来ないでしょ」

「……ありがとう」

 マーヤが心配の為、オルグレンも通い婚には否定的だった。

 起き上がってマーヤを抱き締める。

「ごめんね。急に同居人が増えて」

「良いよ。兄さんの人生だし」

 笑顔でオルグレンの頭を撫でつつ、マーヤは後ろの2人を見た。

 そして、牽制けんせいする眼差しを向ける。

 兄さんは絶対に渡さない、と。


 マーヤが土壇場で方針を転換したのは、オルグレンを渡さない為であった。

 オルグレンが通い婚になると、当然、彼との交流時間は減る。

 ただでさえ職場でも顔を合わせている者同士が、私的プライベートでも過ごす時間が増えると、言わずもがな絆は深まりやすい。

 オルグレンを手放したくないマーヤは、それだけは許容出来ず、

 通い婚→NG

 同居 →嫌々、OK

 という方法をったのだ。

 その日の晩、兄妹は夕食を2人で摂っていた。

 新妻の2人は引っ越しの為に帰宅した為、居ない。

 予定では明日に荷物を抱えて来るようだ。

「兄さん、唐揚げ無くなった」

「何個居る?」

「100個。塩コショウ、マヨネーズたっぷり」

「了解」

 オルグレンは離席すると、フライパンから唐揚げを100個、大皿に盛って塩コショウを振りかける。

 最後のマヨネーズも忘れない。

 唐揚げの文化が無かったコボルト族だったが、オルグレンが持ち込んだ唐揚げは好評のようで、今ではマーヤを通して種族の伝統文化になりつつあるという。

 戻ってくると、マーヤが隣席を叩く。

「ここ」

 先程ははす向かいだったが、今は隣が良いようだ。

「はいよ」

 指示通り座ると、マーヤはしな垂れかかり、

「食べさせて♡」

 昼間とは打って変わって甘えに甘える。

「はいよ」

 オルグレンもシスコンのがある為、嫌悪感は無い。

「しかし、100個も食えるのか? 既に50個は食べてるだろ?」

「魔族にとって唐揚げの50個は人間で言う所の5個だよ」

「……それでも、食いすぎでは? 太るぞ?」

「兄さんが無節操だからそのストレスだよ」

 よっこいせ、とマーヤはその膝に座る。

「兄さんの女性関係は、これからは私が管理します」

「……なんで?」

「何度も言いますが、兄さんは無節操ですから。私が許可した方としかお付き合いしてはいけません」

「……」

「何ですか? その微妙な顔は?」

「いや、ありがたいけど、自分の恋愛は優先しないのか?」

「兄さんと一緒に居るだけでいいし」

「婚期遅れるよ?」

「その時は兄さんに娶ってもらうし♡」

 あぶらが付着して口元で、マーヤは頬ずり。

「……マーヤ」

 軽く睨むとマーヤは、

「妹に相談無く結婚した愚兄ぐけいへの代償♡」

 と笑顔で言いのけるのであった。

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