第13話 エルフの恋と怒り

 人間と魔族の結婚は、婚姻制度が帝国で確立して以来、初めてのことであった。

 殺罪が存在しないのに、人間と結婚出来るのは、魔族帝国の悪い意味でのいい加減、良い意味の適当さの表れであろう。

 ランに先を越されたレヴィはあからさまに不機嫌であった。

(私じゃ駄目なのかな?)

 入庁式でオルグレンと初めて会ったのだが、その時、レヴィは魔族帝国全体で浸透していた反人間主義にどっぷり浸かっていた。

 初対面の時にも、オルグレンに面と向かって「暴行犯」と叫んだのも記憶に新しい。

 それがいつしか恋心に変わったのは、彼の日頃の勤務態度が理由だ。

 市民の中には、人間に家族を殺された遺族も居る為、オルグレンに敵意を抱く者も多い。

 それだけならまだしも、手を出したり、場合によっては殺害を企図する魔族も居るほどである。

 そんな味方が居ない状況下でも、オルグレンは真面目に仕事をこなし、唾を吐きかけられても決して感情を表に出すことは無かった。

 後で聞いたが、両親が、非暴力主義を謳う聖職者だったという。

 決して抵抗しないのは、その為だろう。

 その真面目な勤務態度は、徐々に職員や市民の信頼を勝ち取っていった。

 レヴィもそれを間近で見ていたら、評価を改めざるを得ず、そのギャップから徐々に好意を抱くようなった。

 決定打となったのは、『エルフ族戦災孤児保護施設への訪問』だ。

 エルフ族は容姿端麗ようしたんれいな分、人間から狙われやすい。

 その為、魔族の中でエルフ族は被害者が多い種族であった。

 その被害者が収容された施設に、外勤で寄った際、オルグレンはやはりそこでも投石に遭うなどの攻撃を受けた。

 それでも仕事をこなす姿に、レヴィは尊敬と共に庇護欲ひごよくがくすぐられ、好意が恋心に変わったのであった。

「……」

 ボーっとしていると、手がコップに当たる。

 ガチャン。

「あ」

 見ると、大事な書類がコーヒーで黒く塗れていた。

「レヴィ」

 臨席のゾンビの職員が、ほうれい線をひくつかせる。

 大爆発10秒前だ。

「何して―――」

「あ、先輩。大丈夫です」

「!」

 すかさずフォローに入ったのは、オルグレンであった。

「この書類の複写コピーです」

「ん? オルグレン―――課長補佐。何故、複写を?」

 年功序列なのだが、役職が上回る以上、例え年下であっても敬意を表さなければならない。

 これは、元々、魔族と人間が仲良しだった際、人間の文化を魔族が採用したのが始まりだ。

 年功序列などの規則が無いと、魔族社会では無秩序になりやすい。

 それを正す為には、規則は必要不可欠なのである。

事故アクシデントが起きた時用に重要書類は、念の為、複写を作っているんです」

「……ありがとうございます」

 複写がある以上、ゾンビは怒れず矛を収める。

 一方、レヴィはその目を白黒させていた。

「……どうして?」

「お疲れ。もし、きつかったら時間給取りな?」

「……あ、はい」

 市役所の職員は、入庁初日から有給休暇が貰える。

 その上、夏季休暇も付与されるから至れり尽くせりだ。

 時間給というのは、有給休暇の消費の仕方の一つで、半休(8時半~午後12時or午後1時~午後5時15分)だったり、フルタイムの内、数時間休める制度である。

「……俺も休むわ」

「へ?」

「課長、時間給取ります」

「浮気したら殺すからね?」

「へいへい」

 ランの嫉妬心を背にオルグレンは、レヴィと早退するのであった。


 午後3時。

 市役所近くの喫茶店で2人の姿があった。 

 オルグレンは新聞を読み、レヴィはコーヒーを飲んでいる。

「……何故、助けてくれたの?」

「何が?」

「さっきの」

「助けるのに理由が必要なのか?」

「……貸しを作った訳ではない?」

「だったら何か言ってるよ」

「……分かった」

 恥ずかしさと感謝で、レヴィの耳は真っ赤になっていく。

 マーヤに愛され、ランに気に入られている所を見ると、オルグレンは真性のモンスター娘たらしなのかもしれない。

「……課長とは本当に結婚を?」

「そうらしいな」

「……嫌じゃない?」

「急だけど嫌じゃないよ。そういう運命だったんだろうな」

「……私は?」

「ん?」

 オルグレンの手を握る。

「私も立候補していい? 奥さんに」

「……レヴィ?」

 いつもとは違うしおらしい雰囲気に、オルグレンも飲み込まれる。

「……好きよ」

 それからレヴィは身を乗り出し、オルグレンの唇を奪う。

「!」

 マシュマロのような柔らかい感触に、彼は驚く。

 数秒後、離れたレヴィの握力は強くなる。

「拒否したら殺すからね?」

 どす黒い空気をまといつつ、レヴィは脅迫。

(エルフって嫉妬深いのか?)

 初めて見たレヴィの本気の表情に、オルグレンは圧倒されるばかりであった。

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