第12話 鬼嫁と名誉コボルト

「兄さんのバカ」

 ブチ切れつつ、マーヤは巨大なパフェを食べていく。

 まるでフードファイターの如く1kgはあるそれは、その胃に流し込まれていく。

「よく入るな」

「兄さんは嫌い」

 ぷんすかと怒りつつ、マーヤは2皿目を頬張っていく。

 1皿目を5分くらいで完食し、2皿目も10分以内で食べ尽くすようなくらいの速さだ。

「……はぁ」

 マーヤの怒りに軽くショックを覚えるオルグレンだが、今、彼女の機嫌を直すことは難しい。

 その理由は……

「zzz……」

 満腹中枢が刺激され、爆睡したランに抱擁され、動けないからだ。

 鬼に人間が腕力で叶う訳も無く、暴れても無意味なので、オルグレンは我慢していた。

 反対にレヴィは、上機嫌だ。

 先程、オルグレンを殺害したことで気分が晴れたのだろう。

 マーヤの隣に座り、その頭を撫でている。

「マーヤ。私が姉になるのはどう?」

「嫌です」

「課長よりも優しいわよ?」

「きょうだいは兄さんだけでいいです」

 きょうだい愛にオルグレンは、笑顔になる。

「ありがとう。マーヤ」

「……ふん」

 時間の経過が落ち着いたのか、マーヤはスプーンにパフェを盛ると、

「はい」

「うん?」

「兄さんも食べてよ」

「……間接キスだぞ?」

じゃん。今更気にしないよ」

「な!?」

 レヴィが、激しく反応した。

「何? あんた、妹とそんなことてたの?」

「昔の話だよ」

 オルグレンは面倒臭そうに返しつつ、マーヤから食事介助を受ける。

「うん。甘いな」

「家でも作るから食べてくれる?」

「分かった」

「えへへへ♡」

 ブラコンなマーヤは、どんどん笑顔になる。

「仲良いね?」

 レヴィは、今にも噴火しそうだ。

鴛鴦おしどり兄妹ですから」

 席を移動して、マーヤはランの隣に座る。

 それから、オルグレンの手を握った。

「将来的には、兄さんは我が部族の継承者に推したいです」

「コボルト族の?」

「はい♡」

「ありがとう。でも、権威には興味無いから」

 マーヤの手を握り返し、オルグレンは微笑む。

「俺は表に出ちゃいけないコボルトだから」

「! 兄さん、コボルト族なの?」

「だって前、『名誉コボルト』って言ってたじゃん?」

「あ、覚えてたんだ♡ ありがとう♡」

 マーヤは、嬉しそうに頬ずり。

 仲が良い為、喧嘩も一瞬だ。

「……」

 その様子に、レヴィは益々、不信感を募らせるのであった。

(本当にその感情は兄妹愛なの?)

 と。


 昼食後、マーヤを高校まで送った後、オルグレンは再び市役所に戻る。

 着席すると、ランが苦言を呈す。

「もう独り立ちさせなさいよ。態々わざわざ、送る必要ある?」

「家族ですからね。当然のことですよ」

 家族愛が強い魔族だが、それでもある程度の年齢に達せば、独り立ちしたいの一般的な感情だろう。

 それでもマーヤと仲良しなのは、異例だろう。

「仲良しなのは良い事だけど、私を優先しなさい」

「……はい?」

「厚遇した以上、幸せにしてもらわなければ意味が無いからね」

「……どういうことですか?」

「はい。これ」

「……へ?」

 ランが見せたのは、受理された婚姻届けの複写であった。

 そこには『夫:オルグレン 妻:ラン』の文字が。

「……なんですか? これは?」

「貴方を守る為の方法よ。流石に鬼の夫だと、誰も手出し出来ないでしょう?」

「……随分ずいぶん、親身になって下さるんですね?」

「優秀で可愛い部下を守る為には、当たり前よ」

「……はぁ」

 鬼族は見た目がいかついが、一度ひとたび仲間と認めたら、全力で約束を果たす義理堅い魔族だ。

 オルグレンの仕事ぶりを認めた上で更に夫婦の契りを交わすのは、相当、ランが彼に心を開いている証拠である。

「……自分の意思は?」

「知らん」

 ケラケラと笑うラン。

 人間の年齢で言うと、早くて10代後半、遅くても20代前半には結婚する魔族社会において、ランはもう25歳。

 20代半ばであり、来年には、20代後半に差し掛かる。

 周りからの圧力もあるのだろう。

 そんな中、近場に居た者を強引に娶るのは、圧力を加える親族連中に対する当てつけでもあった。

 しかも、それが人間だ。

 鬼族の地域社会は、泡を吹いたことはいうまでもない。

「……じゃあ、自分は課長と夫婦、ということですか?」

「そうなるな」

「……マーヤに説明責任を果たして下さいよ」

「分かってるって。旦那様♡」

 仕事中でもイチャイチャする2人とは対照的に、レヴィは露骨に危機感を抱くのであった。

(先越されたな)

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