第11話 三姫寄れば嫉妬の囲い

 帝国暦1560年5月25日。

 この日は、給料日ということで庁内全体の士気は高い。

 いつも通り、午前中の仕事を熟すと、お昼になった途端、

者共ものども行くぞ!」

「「「おう!!!」」」」

 各課の職員が、一気に食堂に駆け込んでいく。

 数百人もの魔族による昼食争奪戦だ。

「カツカレーが売り切れそうだ!」

「くそ! 市民課め! 爆買いするつもりだな! 刺身定食は?」

「水産課が爆買いしました!」

 食堂は、給料日に合わせて多くの料理が仕込まれる。

 売上に応じた臨時収入が見込まれる為、食堂を取り仕切る大膳課だいぜんかの月1回の本気の日なのだ。

(戦場だなぁ)

 すっからかんになった生活福祉課で、オルグレンは1人、椅子に座っていた。

 先月の給料日は初めて経験し、乱闘に巻き込まれ、死にかけた以上、無理に参戦することは無い。

 15分も過ぎれば、人気料理は売り切れ、落ち着くのを待てばいい。

「兄さん♡」

 12時5分。

 マーヤが制服姿でやってきた。

 肩で息を切らしている。

 高校から走ってきたようだ。

「おいおい、えり曲がっているよ」

「直して~♡」

「はいよ」

 呆れつつ、オルグレンは義妹の制服を直す。

「えへへへ♡」

 目に見えて、マーヤは上機嫌だ。

「レヴィとランは?」

「上だよ。トンカツとか食べてる筈だ」

「……好きな料理知ってるんだ?」

「よく会食しているから―――」

「私を捨てて、そっちに?」

 笑顔から一転、マーヤは不機嫌になる。

「そういう訳じゃないよ。円滑な意思疎通コミュニケーションの為にだよ」

「……パフェ」

「うん?」

「ギガントグレートジャンボビッグスーパーバニラチョコレートフラペチーノパフェ」

「……よく噛まずに言えたな?」

「最近の流行はやりだからね。JKはそういうのに敏感なんだよ」

「はぁ」

 その長文のパフェは、1kgくらいある超人気商品だ。

「よくあんなの食えるな?」

「兄さんは、甘い物嫌い?」

「そうじゃなくて、口内炎なりそうだよ」

「人間、弱すぎwww」

 マーヤは嘲笑ちょうしょうしつつ、オルグレンの手を握った。


 引きられるようにオルグレンは、食堂に到着する。

 案の定、カツカレーなど人気商品は、売り切れていた。

「兄さんのお勧めは?」

「うどんかな?」

「好きだね~」

 家でも食べているのに食堂でも摂っているのは、最早もはや好きを通り越して「愛」だろう。

「まぁ、自分の好きなの食い。パフェ食べる?」

「それは、食後のデザートだから―――あ、サラダ巻き美味しそう♡」

「じゃあ、それにしようか―――ぐえ」

 オルグレンが、宙に浮かぶ。

 マーヤが振り返ると、ランがオルグレンの首根っこを掴んで持ち上げていた。

「仕事場にJKを誘い込んでイチャコラとは……オルグレン、残念だよ」

「妹なんですが?」

「知ってるよ。でも、マーヤちゃんは駄目」

「何故です?」

「可愛いから」

「兄さんを返して下さい」

 マーヤが飛ぶも、僅かに届かない。

 それほどランが、しているのだ。

「ぐぬぬ。もう少し身長があれば……」

「鬼と同じくらいの身長は、無理でしょ」

「わ!?」

 マーヤも持ち上げられる。

「何するんですか?」

「暴れないの。落ちるよ?」

 嫌がるマーヤを一蹴して、ランは2人を窓側の席に連れていく。

 到着すると、マーヤを向かい側に着席させから、自分も着席。

 オルグレンは、ランの膝の上だ。

「……ラン課長、流石に越権行為が過ぎるのでは?」

 一部始終を見ていたレヴィもやってきた。

 口元には、カレーが付着している。

 相当、食べたのだろう。

 レヴィの体臭が、カレーのそれになっていた。

 ランの隣に座ると、オルグレンの手を握っては引っ張る。

 が、ランが抱擁している為、救出は出来ない。

「……課長?」

「レヴィ、不機嫌は美肌の敵だぞ?」

 ランはまるで人間が飼い猫に行うかのように、オルグレンの喉に触れる。

「……なんです?」

「いや、可愛いなって♡」

「……ゴロゴロとは鳴きませんよ?」

「人間って面倒臭いわねぇ」

 オルグレンをランが独占している為、レヴィとマーヤは、

「「……」」

 途轍もなく不機嫌だ。

「マーヤ、食事未だでしょ? 私がおごるから食べ」

「……兄さんに奢ってもらう予定なんですが?」

「そういうな。君とはいずれ、姉妹になる―――」

「嫌です」

 マーヤは断固拒否し、オルグレンが出していた財布を奪うと、注文しに行く。

「……課長、姉妹ってのは?」

「そういうことだよ。鬼族も貴方を認めた、ってことよ」

 意味深にランは目配せ。

(あー……あの件か)

 福祉系予算の維持の為にオルグレンは、死刑覚悟で送った陳情書の噂が、鬼族にまで広がっているのだろう。

 魔族社会では、死を賭けた行為は激賞に値する。

 それを軽視している人間が行ったのだ。

 人間=弱い、という偏見がある魔族社会においては、非常に衝撃的なことであり、所謂、ギャップ萌えで、気に入られたのかもしれない。

「何? 見つめ合って?」

 レヴィが近づき、嫉妬心からオルグレンの首を180度回す。

「ぐえ」

 嫉妬に狂ったエルフの手によって、首は見事に折れ、オルグレンは数日振りの死を味わうのであった。

 

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