第10話 鬼女のコボルト

「はぁ……」

 マーヤは帰宅するなり、自室のベッドに寝転んだ。

 今日も、学校でオルグレンの話を聞いたのだ。

『お兄さん、本当に人間なんだね? 親が市役所で見たよ』

『女たらしなの? エルフや鬼の人とイチャイチャしてたけど?』

『公務員が親族って羨ましい。公務員割引とかあるんでしょ?』

 魔族は沢山の種族が居る一方、その地域社会は非常に狭い。

 元々はそれほど見知った仲では無かったのだが、人間との戦争が始まると、対抗手段として種族同士交流を深めるようになったのだ。

(兄さんってモテるのかな?)

 改めて義兄の顔を思い浮かぶ。

 イケメンという訳ではないが、魔族からするとという部分を差し引いても、

・公務員

・優秀

 な時点で、将来性のある人物だ。

 女性側の親も相手が公務員だと、結婚を了承しやすいだろう。

 噂では、レヴィやランなど、同僚も多く狙っているようだ。

(……いっそのこと、私のものにしようかな?)

 あまり公言していないが、マーヤはコボルト族の族長の娘だ。

 族長である父が帝都で働いているのも、国内各地で集団生活を送るコボルト族の意見を中央政府に上げる代議士(所謂いわゆる国会議員)をしているからである。

 因みに母親は、その秘書だ。

 マーヤが種族全体に顔が効くのもその為であった。

(兄さんはどんどん昇進していく筈だから、種族全体の繁栄の為に役立つかも)

 玄関が開く。

「!」

 獣人であるコボルト族は、聴覚が優れている。

 人が聞こえないくらいの小さな音も聞き分けることが出来るのだ。

「ただいま~」

 義兄が帰ってきた。

 ベッドから飛び起きたマーヤは、ドアを激しく開け、一直線。

「兄さん♡」

「おう、ただいま」

 オルグレンは疲れを隠し、笑顔で応じる。

「兄さん、見て見て。中間試験全部満点だったよ♡」

「おー、凄いな」

 答案用紙を見せると、オルグレンは更に笑顔になる。

「勉強した甲斐あったな?」

「兄さんの教科書を参考にしたからね」

 歴史のような教科は、新しい資料が出てくる分、歴史観が変わってくる為、親子でも教科書の内容が違う場合がある。

 しかし、それ以外は文部科学省が何かしない限り180度変わることはないだろう。

「ん?」

 急激に、マーヤの雰囲気が変わっていく。

「どった?」

「……兄さん、今日はラン課長とイチャイチャしたの?」

「イチャイチャっていうか……仕事しただけだよ」

「でも、兄さんの服にいつも以上にあの人の体臭がこびりついているよ?」

 コボルト族は進化の過程で、聴覚と嗅覚が途轍とてつもなく発達した種族だ。

 人間が嗅ぎ切れない臭い(匂い)も瞬時に嗅ぎ分けることが出来るのであった。

「そうなのか?」

「答えて。あの人と何があったの?」

 マーヤは尻尾でオルグレンの首に巻く。

「あー、そのことなんだが、課長補佐に出世した」

「……なんて?」

主事しゅじから課長補佐になった。今日付けで」

「……入庁して1か月なのに?」

「課長の独断だよ。急だったから今月は、主事の給料だけど、来月からは課長補佐の給料になる」

「……なんで?」

「『優秀だから昇進』だって」

「……1か月なのに?」

「らしい。人事課も通したから、決定事項だよ。聞いた話じゃ史上最速らしい」

「……」

 喜ばしいことだが、マーヤは裏しか感じてない。

「……恩義を感じさせようとしている?」

「かもな」

 オルグレンは、マーヤの尻尾に触れる。

「あ♡」

 優しく撫でられ、マーヤの怒気は若干沈静化。

 オルグレンの触り方は、マッサージ師のように心地良い。

「課長補佐になったから外勤は、無くなるよ」

「内勤だけ? 出張は?」

「今の所聞いてない。暫くは内勤だけだろうね」

「じゃあ昼休み、そっちに行っても大丈夫?」

 市役所と高校の距離は近い。

 高校生が市役所の食堂に来ることもあるように、両者の関係性は非常に近しいのだ。

 そういう事情もあってか、高校を卒業したら入庁する高校生も居るし、逆に職員が市役所の仕事を紹介する行事で高校に行くこともある。

「良いけど、食堂以外何も無いよ?」

「良いの。久々に兄さんと食べたいし」

 オルグレンが入庁する前は、大学生と中学生ということで、時間が合う時、よく一緒に家で昼食を摂っていた。

 この為、昼食を一緒に摂った場合、4月以降初めてのことになる。

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