第9話 名君と忠臣

 オルグレンの莫大な副収入は、国家からの報奨金ということもあって今回に限っては、とがめられることはなかった。

 むしろ、賞賛されていることだ。

 帝国暦1560年5月20日。

 上司命令でオルグレンを呼び出したランは、めいっぱいセクハラする。

「陛下に直接お褒めの言葉を頂いただよ。『良い部下を持ったな?』って」

「会えたんですか?」

「だから帝都に出張に行ってたのよ。貴方が来たら帝都の保守派は、嫌うからね」

 課長室でランはオルグレンを膝に乗せ、その胸板を触りまくる。

 勤務時間中に何をしているんだ? という話だが、現在は昼休み。

 窓口業務もコールセンター業務も無い為、自由なのである。

「それよりも、また妹ちゃんとレヴィがやり合ったらしいわね?」

「そうですね。家で大暴れですよ」

 レヴィが家に来た時、マーヤが拒絶し、2人は取っ組み合いの大喧嘩となった。

 人間のオルグレンには、2人を止める手立てはなくひたすら時間が過ぎるのを待った。

 結果は引き分けとなったが、レヴィが帰宅―――戦略的撤退を採った為、戦いは実質上、マーヤの勝利と言えるだろう。

 しっちゃかめっちゃかになった室内は、魔法で何とか修繕した為、問題は無い。

「貴方はどっちが好きなの?」

「どっちも好きですよ」

「私は?」

「……好きですよ」

「今の間は?」

「他意はありませんよ」

「失礼ね」

 ランは額の角をオルグレンの首筋にあてがう。

「何です?」

「貴方の働きは、帝国も認めているわ。でも、気を付けて。時に『出る杭は打たれる』から」

「……分かっていますよ」

 魔族にも嫉妬の感情がある。

 現時点で優秀なオルグレンに好意的だが、魔族全員が全員そうとは限らない。

 中には、その評価をねたんで失敗を図ったり、失敗を心待ちにしている者も居るだろう。

「困った時は私が守るからね」

「ありがとうございます。ですが、大丈夫ですから」

「……その自信は?」

「人間は魔族と比べもろい生き物です。どれだけ鍛えても打ちどころが悪ければ簡単に死にますし、蚊が媒介する伝染病に罹患りかんしても苦しみます」

「……何が言いたいの?」

「分かりにくくて申し訳御座いません。自分が言いたいのは、『守って下さるのはありがたいのですが、申し訳無い』ということです。自分の身は自分で守ります」

「……言い方悪いけれど、弱いのに?」

「その時はその時です。それが運命というものです」

「……」

 やみはらんだオルグレンの目に、ランは察する。

 この男は死に急いでいる、と。

(……両親を目の前で殺された結果か)

 マーヤに多額の投資をしているのも、自分を救ってくれたコボルト族の養父母に対する人生を賭けた感謝の表れなのだろう。

 浮いた話が何一つ無いのも、死に急いでいる分、両親を亡くした時の自分のような悲しみを彼女や妻に押し付けたくはないのかもしれない。

(……優しい子だな)

 ランはオルグレンの頭に顎を乗せて、抱擁する。

「課長?」

「お前は優秀だが、唯一の欠点は無意識なたらしなことだ。そうされると、こっちも対抗策を出さないといけない」

「……はい?」

「今日付けで主事しゅじから課長補佐の昇進を命じる」

「!」

 市役所での役職は大体、以下の通りだ。

①部長

②参事

③課長

④主幹

⑤副参事

⑥課長補佐or課長代理

⑦副主幹

⑧係長

⑨主査

⑩主任

⑪主事

 新人の主事は、数年勤務すれば年功序列により主任に昇進出来る(自治体によっては昇進試験あり)ことを考えると、4月に入庁したばかりのオルグレンが、課長補佐に昇進出来るのは制度上あり得ない。

 恐らく、史上初だろう。

「そんなこと出来るんですか?」

「有能だからね。そういうのは、どんどん出世させないと」

 若干不愛想な勤務態度が欠点だが、誰しも完璧ではない。

「人事課には私から言っておくから。午後から私の隣で仕事しなさい」

「え~……」

「嫌なら懲戒免職よ」

「……パワハラでは?」

「昇進させてあげるんだから、上司のかがみよ」

 ランはオルグレンに頬ずりし、独占欲を見せるのであった。


 鬼には、人間同様嫉妬深い一面がある。

 有名どころでは、京都の宇治橋で祀られている女神の橋姫が、鬼女きじょの代表例だ。

 ランもまた、鬼族なのでその一面は当然ある。

「……」

 午後、ランの横で内勤していると、

「……! ……! ……!」

 窓口側の席で、レヴィが露骨に怒った雰囲気で仕事している。

「……課長」

「放っておきなさい。窓口業務なら流石に注意するけどね」

 怒った感情を見せるのは、接客業だとマイナスしかないのだが、魔族ではそういうのは結構緩い。

「それよりもオルグレン。ここの数字だけども見れくれる」

「はい……あー、多分、誤植ごしょくでしょうが、一応、担当部署に確認しますね?」

「うん。お願い」

 2人のやるとりにレヴィの貧乏ゆすりはどんどん激しくなっていく。

 そして、最後には震度7級にまで膨れ上がるのであった。

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