第8話 コボルトとエルフの憂い

「兄さん、このお金何?」

 家で自分の通帳をマーヤは、見せ付ける。

 そこには、

 ―――

『オルグレン 入金:30,000,000』

 ―――

 の文字が。

「宝くじで当たったんだよ」

「嘘。兄さん、ギャンブルしないじゃん?」

 仁王立ちのマーヤは相当、御立腹だ。

「本当だよ」

「妹への嘘は、死刑なんだよ?」

 獣耳を逆立て、マーヤは犬歯を剥き出しにする。

 それから、オルグレンの隣に座り、長い尻尾を使って、彼の首に巻き付ける。

「普段から兄さんによくしてもらっているのに、こんな大金要らないよ。例え本当に宝くじで当たってもね」

「……」

「正直に言って。何で得たお金なの?」

「……宝くじだよ」

「兄さん!」

 両目を吊り上げて、マーヤは怒る。

 この期に及んでまだ嘘を突き通す義兄の胸板をポカポカと殴る。

 あまり痛くはないが、大事な義妹を騙している気分は良くない。

(……本当に殺されそうだ)

 首にかかる力を感じつつ、オルレアンは悩んでいると、

「失礼するわ」

 ドアが蹴り倒され、レヴィが颯爽と登場。

「マーヤ。兄に敬意を払うことが出来なければ、私が貰うわ」

「……貴女のような人にあげるくらいなら心中しますよ」

「言ってくれるわね?」

「兄は渡せませんから」

 2人は笑顔で睨み合う。

 義妹と同僚は見ての通り仲が悪い。

 2人共美人な分、同族嫌悪のような関係性なのだろう。

 レヴィは、オルグレンの隣に座る。

 オルグレン越しにマーヤを牽制けんせいする形だ。

「あのお金、結婚式の為に貯めておけばいいのに。妹に使うなんて貴方らしいわね?」

「結婚式って誰の?」

「そりゃあ貴方と私のよ」

「な!」

 マーヤが、激しく動揺する。

「結婚って……なんでだよ?」

「人間の貴方をめとる物好きな魔族は、私しか居ないからね?」

「……はぁ」

 オルグレンに結婚願望は無いのだが、レヴィの中では既定路線のようだ。

「エルフと人間って結婚出来るのか?」

 エルフは見た目が美しい為、外見至上主義ルッキズム蔓延る人間には、性的な意味合いで狙われやすく、その手の話は絶えない。

 その為、エルフ族では、自衛手段の為に貞操帯ていそうたいの着用を義務付けるなど、人間に非常に警戒している。

 レヴィのように人間と親しいのは、ほぼ奇跡に近い話だ。

「こちらの文化を否定しなければ、大丈夫だよ。何? 興味ある?」

 ニマニマのレヴィ。

 対してオルグレンはマーヤの殺気を肌で感じている為、事実上の求婚でもあまり嬉しくはない。

「いやぁ……結婚ねぇ―――」

「兄さんの結婚相手は、私が決めます」

 マーヤはオルグレンを抱き締めて、そのまぶたを目隠しする。

 それから囁いた。

「(兄さん、金輪際、レヴィさんを見たらその目、潰すから)」

「(物騒だな。介助は?)」

「(私がするから♡ 兄さんは安心して、介助されれば良いよ)」

「なあに、話してるの?」

 レヴィは寄りかかり、オルグレンの肩に顎を乗せた。

 笑顔だが、抑揚よくようからして相当キレてる。

「……レヴィさん、貴女の常日頃の御噂おうわさは、我がコボルト族の地域社会コニュニティーにまで知れ渡っています」

「! そうなの?」

「はい。我が部族は既に兄さんを『名誉コボルト』と認定し、地域社会の一員として認めています」

「! そうなの?」

「今、初めて聞いたよ」

 オルグレンは、何とか目隠しを外して答える。

 流石に視覚が無い状態での会話は、難しい。

「マーヤ、その話は本当なのか?」

「うん。私が決めたの」

「うん?」

「言ってなかったけ? 私、コボルト族では結構けっこう顔が効くんだよ?」

「マジでか?」

「うん♡」

 マーヤは自信満々に答え、オルグレンの頭を撫でる。

「だから兄さんは、安心すればいいんだよ」

「ありがたいけど、結婚する時は、自分で決めるよ」

「決めれるの? 女性関係全然な癖に?」

「こう見えても決断力はあるよ」

「じゃあ、好みのタイプは?」

「……」

 レヴィが固唾をんで見守る。

「特にないよ。好きになったらそれでいいし」

「「……」」

 期待していた眼差しだった2人は、ジト目だ。

「……兄さんって罪作りだね?」

「本当そうね」

 2人は嘆息しつつ、オルグレンの頬を左右からつねるのであった。

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